散日拾遺

日々の雑感、読書記録、自由連想その他いろいろ。
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似て非なる写真のカラクリ(続)

2016-12-22 10:18:55 | 日記

2016年12月22日(木)

 「へええ」「ほおお」という話だが、まだ続きがある。今度はどうですか?

 

 服装の違いや写真の古さ新しさを修正のうえ提示されたとして、さあ同じと見るか違うと見るか。右はもちろんダルビッシュ、左は・・・誰でも知ってる小説家とだけ言っておく(正解は末尾)。これがその夜、プーチン氏らの写真と並んで講演スライドの一枚を飾ったのだ。一日の仕事を終えて集まったM市の医師らを居眠りさせないためには、真に有効な工夫。インターネット上に元ネタがあることと想像は付くが、忙しい中でそうした素材を目ざとく見つけて拾ってくる片山氏の茶目っ気とサービス精神に一驚する。そして同氏が確実な根拠に基づいて断言した通り、今冬のノロウィルス感染症は空前の広がりを見せつつある。上記の二人をも別人と弁別する(?)精緻な免疫系の裏をかいての跳梁跋扈である。

 僕は感染症や小児科臨床の詳しいことはわからないので、専門家諸氏との質疑応答を頭上に聞き流していたが、ふと思いついたことがあって手を挙げた。「ノロウィルス感染症は人類史の中で古くからあったのですか?それとも比較的最近出現したものでしょうか?」臨床には直接関係ない事柄だけに気が引けるが、ついつい歴史の方角に頭が動くのは抑えがたい性である。また、この演者なら答えに窮するはずがないと思ったのでもあるが、反応は予測を超えていた。氏は大きく頷いて手元のノートパソコンを操作し、「今日は入門編のつもりだったので・・・」と言い訳らしきことを言いも終わらぬうちに目当てのスライドにたどり着き、すぐさま込み入った樹形図を示してみせた。遺伝子の多型性パターンから進化のタイムコースを推定する方法論が、今では多くの領域で日常的に活用されている。それによれば今から390~570年ほど前とおっしゃったか、ともかくここ4~500年という最近に出現したものと考えられるのだそうだ。それだとコロンブス/マゼラン以後の話だから、「地球上のどこで」という推測は難しかろう。

 案の定で、その代り氏は面白いことを教えてくれた。ロタとノロは似たところがあるが、世界的な拡散のスピードはかなり違っており、ノロがあっという間に拡がるのに対してロタはずっとゆっくりしている。ここでのキーワードは「発症年齢」と「飛行機」だ。ノロは大人も子どもも発症するが、ロタは5歳以下の子どもにほぼ限られている。子どもがノロやロタに罹れば、よほどの事情がない限り親は子どもの旅行を中止/延期するだろう。しかし大人がノロに罹った場合、少々不調でも旅を強行することがままある。かくしてあっという間に新しい株が世界に拡がるというのである。聞いていて「梅毒世界一周物語」という小ネタを思い出したが、これは秘蔵だからここには書かない。

 拍手の中を退室する演者が、通りすがりに僕を見て「御質問ありがとうございました」と声をかけてくれた。聴衆のことまでよく見て覚えている、大したものだとトドメの驚きである。

 帰宅後にさっそく調べてみて、これはまた別のビックリ。プーチン氏の写真は、何と新聞記事が元ネタなのだ。

 

 The Moscow Times はモスクワで発行されている英字紙とある。さぞ反響を呼んだに違いないが、 書いた記者はその後無事に暮らしているだろうかと少なからず心配になった。

 最後に種明かし、ダルビッシュ有そっくりのりりしい書生は、若き日の川端康成である。なるほどこれでは雪国でも伊豆でも艶福が付いて回ったことだろう。

Ω

 


似て非なる写真のカラクリ

2016-12-22 10:18:44 | 日記

12月21日(水)

 先週の金曜日だったと思うが、朝のラジオで「よく晴れた西の空に十六夜が沈んでいきます」とアナウンサー。「十六夜の月」とは言わない、「十六夜(いざよい)が沈む」との表現が何だか粋で、久しぶりに嬉しい感じがした。その後の一週間はまことに慌ただしく、ブログを更新するゆとりがないのでは「忙中閑ナシ」である。下の写真を挙げたっきり、種明かしがほったらかしになっていた。

 心配してくれる人があったので念のために言うが、僕が仕組んだのではない、パクリである。オリジナルは後で記すとおりモスクワ新聞の記事であり、その二次利用の文脈が明かすべき「種」ということになる。昨日あたりからTVやラジオが答を連呼しているようで、「ノロウィルス」というのがカラクリである。

 

 もう2週間も前になるが、A君のクリニックで診療にあたった後は、いつもの二人飯ではなくM市の医師会主催の講演会に回った。どこでも世話役に回ると見えるA君が企画担当で、面白くてためになる講演をプロモートしているらしい。今回は『ノロウイルス都市伝説 ウソ?ホント?』というタイトルからしてキャッチーだが、内容がまた見事である。講師は北里大生命科学研究所の片山和彦氏で、第一線の研究成果を交えながら、臨床家のためになる実践的な話を分かりやすく延べ、随所に笑いのタネが仕掛けてあるうえに時間管理は完璧という、ちょっと珍しい名講演とあいなった。

 従来NHKがノロウィルスの写真として流行のたびに示していたものが、実はロタウィルスのものだったというすっぱ抜きから始まり、感心したり驚いたりの1時間余。感染者のウンコ耳かき1杯中に、少なくとも1億個のウィルス粒子が含まれている。ウィルス100~1,000粒子が体内に入れば発症には十二分だから、いかに礼儀正しくトイレを使ってもウィルスを伝播させないのは至難のわざである。さらに困るのは吐瀉物の扱いで、子育てした大人なら乳幼児の待ったなしの嘔吐の瞬間、咄嗟に吐物を手で受けた経験は誰でももっている。無理もないことだが、これでほとんど一発アウト。さらに、吐物で汚れた子どもの身体を早くきれいにしてやりたい親心でも、シャワーをかけるとまず絶対に飛沫からの感染を免れないそうだ。

 吐物の扱いも要注意。大きな新聞紙を吐物の上にかけて拡散を防ぎ、次亜塩素酸を新聞の上からふりかけて消毒する。十分な時間が経過した後に新聞紙ごとまるっと丸めて廃棄する。次亜塩素酸と煮沸は確実に有効であるいっぽう、ノロウィルスにはエタノールは効かない。これはよくよく知っておきたいことだけれど、広報に関して某筋からきわめて強力な圧力がかかるという。圧力がかかろうがどうしようが効かないものは効かないのであり(ガリレオの呟きと同じだ)、単純にして有効なのが食前の手洗いだ。牡蠣は12月を過ぎたら食べない方が良い、等々

 

 で、ラスプーチン・・・じゃない、プーチン氏らの写真がなぜここに登場するかというと、キーワードは免疫系である。ウィルス感染に対しては、当然ながらヒトの免疫系が防御の任に当たる。免疫系は異物を認識するとその履歴を正確に記憶し、次回の感染に際して迅速・強力な防御反応を起こして発症を防ぐことができる。その際、異物を正確に認識・記憶することは重要で、異物らしきものに対してやたらと過剰反応を起こすようだと別の危険な事態を招きかねない。ということでようやく本題。

 いかに似ていると言っても、左がロシア国の大統領であり、右が人類とは別の動物種であることは誰でもよく分かる。しかしたとえばコンピュータに両者が「似ていても同じではない」ことを教えるのはなかなか難しかろう。ヒトの弁別力は実に洗練されたものだが、免疫系の弁別力もこれに劣らず、このぐらいはヘイチャラで「別」「違う」と認識できるというものの譬え。それが災いするというから話は興味深いのである。

 ヒトの免疫系が精密緻密であるのに対し、ノロウィルスの方は甚だ雑駁な造りであるらしい。インフルエンザウィルスでも遺伝子(RNA)鎖を8本だかもっているのにノロウィウルスは1本だけで、それによってコードされるタンパク合成系がひどく粗雑であるために、しょっちゅう間違いが起きる。間違いが起きるということはできそこないの粒子が頻繁に作られるということで、その大半は機能不全を起こして淘汰されるけれども、運良く生き延びた粒子では表面抗原の構造がオリジナルと変わっちゃってることがしばしばある。精緻にして融通の利かないヒトの免疫系がこれに遭遇したとき、「これは別物」と認識して見過ごすことが起きるというのだ。「これは犬であって、プーチン氏ではない」・・・こうしてノロウィルスが免疫系の防御網をくぐり抜け、「ノロには免疫が成立しない」という誤った都市伝説が誕生するというわけである。

(この項続く)