散日拾遺

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空がマグリットを模倣した夕方

2017-01-24 17:37:54 | 日記

2017年1月24日(火)

 わりとマジメに一日仕事して、夕方ふと見る西の空。思わず「おっ!」と声が出た。何と玄妙な。

 

 地上では区立中学校のグラウンドに照明が入り、仄白く浮かんだ円形の舞台で生徒らがサッカーボールを蹴っている。水平視野には大学のビルが黒々とそびえ、四角い窓だけが明るく抜けて実験工場の内部が手に取るように望まれる。その上に神経細胞の標本のような冬枯れの枝枝、そのバックライトが橙色に焼けた地平線で、視線を挙げていくと薄水色から青、群青、藍色そして漆黒の成層圏まで厳かにスペクトルを描き、上方には宵の明星。中でも不思議なのはちょうど中央あたりに浮かんだ切れ切れの雲で、地平線の向こうの太陽から送られる光線を反映して真っ昼間のように白く明るいのである。

  「マグリットの絵みたいな・・・」

 と思わず口を衝いた。ヘンかな、ヘン?燕尾服を着たようなツバメ、プラネタリウムみたいな満天の星空、自然から遠く離れた都会人の倒錯・・・?

 そうじゃない、そうではないと思いたい。溢れるほどの自然に囲まれていても、切り取り方を知らないということがある。今夕のこの風景は非日常的な美しさだが、それを貴い贈り物として感知するアンテナがなかったら気づかずに見過ごすだろう。切り取る視点を教えてくれるのが芸術の功徳で、「自然が芸術を模倣する」という逆説も ~ 誰が言ったのか知らないが ~ そのあたりのことを言ったのだろうと思う。

  「光の帝国2」(1950) ニューヨーク近代美術館所蔵

 ルネ・マグリット(1898-1967)は大変なクソガキだったと何かで読んだ。ベルギーのどこかの街の育ちだが、ある時何を考えたか隣家のドアを板で釘付けにして、当然ながら大目玉を食らったとか。1912年には母が謎の入水自殺を遂げたとある。これが14歳の少年に何かを刻印しなかったはずはないが、それはともかく成人後の生活は「波乱や奇行とは無縁の平凡なものであった」という。「ブリュッセルでは客間、寝室、食堂、台所からなる、日本式に言えば3LDKのつましいアパートに暮らし、幼なじみの妻と生涯連れ添い、ポメラニアン犬を飼い、待ち合わせの時間には遅れずに現われ、夜10時には就寝するという、どこまでも典型的な小市民であった。」(https://ja.wikipedia.org/wiki/ルネ・マグリット)「仮面紳士と逃亡奴隷」などという話を思い出したりする。

 ついでながらネット上でたまたま見つけたこと。下記は『エクソシスト』の一場面、僕はこの映画を見ていないが悪魔払いのため神父がマクニール邸に入る場面だそうである。これが「光の帝国」の影響を受けているとされる由、下記にあり。そうなのかな、昼空との対照がないのでは、原画とはまるで異質なものと僕には思えるのだけれど・・・ちなみに「自然は芸術を模倣する」はオスカー・ワイルドだそうだ。アリストテレスの言葉を逆手に取ったのだね。

  山田視覚芸術研究室 https://www.ggccaatt.net/2015/01/19/ルネ-マグリット-光の帝国/

Ω


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