2025年1月14日(火)
伸仁は、粗忽長屋の落ちの場面を熊吾に説明し、
「この最後のセリフ、大阪弁でやったら、ぜんぜんおもしろないねん。なんでやろ……」
と言った。
熊吾は湯につかったまま首を大きく何度も廻しながら笑った。自分の死体をかあけて長屋に帰ろうとしている男の姿や表情が目に浮かんだのだ。
「言葉の切れじゃろう。その最後の、男のセリフは難しいぞ。名人でないと、そのセリフに奇妙さと深いおもしろさを加味させることはできんぞ。大阪弁は緩みのおもしろさじゃけん、粗忽長屋には向いとらんのじゃ」
宮本輝『慈雨の音』(『流転の海』第六部)P.161
ユーモア、ゆるみ、ゆるしについて考えながら出かけたら、とたんにこんな文に出会う、この構図そのものがユーモアでなくて何であろうか。
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