海外へ行くときは基本的にその地の治安と気候と地理と食べ物と水とある程度の交通事情くらいを最低限押さえておいて、あとはあまりカチッと予定を立て過ぎず勝手気ままな要素を残しておき、あえて向こうからやってくる予定外のことを楽しもうというアンテナと心の余裕を持ちつつ行動した方が面白くなるものですが、特に今回のフィジーは別段旅しにくい国ではなかろうということであえてほとんど情報収集せずのカヤックトリップとなりました。
フィジー・ナンディ国際空港に着いてまず思ったのは、ただ暑いだけで「香り」ってやつがないなあ、ということでした。ハワイでもインドネシアでもどこでも「ああ南の島だ~」っていうそれぞれ独特の甘ったるいような香りが漂っているのですが、ここナンディ空港ではそれが感じられないなあ、季節的なものなのかなあ、ちょっと物足りない感じかもな、などと思いつつ今回の主たるカヤッキングエリアであるカンダブ島という離島へ飛ぶエアチケットを買おうと空港内をウロウロ。するとぼくのキョロキョロ具合を見ていろんな人が寄ってきて声をかけてくる。たいていの国ではそういう輩は十中八九うさんくさく品行よろしくない輩だったりするので無意識に身構えるのですが、どうやらこちらをカモりたくて声をかけてくる感じではなく、本当に親切心から声を掛けてくれているのだということがすぐに分かった。のちのち旅が進むにつれてそれはフィジー人全般に通じる優しさだということも分かってきたのですが、「ああ南の島の香り~」ってのがない代わりに、まずそれが到着直後の非常に新鮮な感覚でした。
南の島~、て感じのおおらかなテイスト。
みんなに丁寧に教えてもらってパシフィック・サンという航空会社のカウンターに行き、さっそく明日かあさってのカンダブ島行きのチケットを購入しようとするが、明日もあさっても便がなく最低でも5日後まで待たなきゃいけないとのこと。ま、この辺からしてぼくの行き当たりばったり感と南方系のテキトーさとのコラボ感が出ちゃっていますが、郷に入りては郷に従え、まあそれもいいだろうと。ちなみにフィジーってのは300個ほどの島が集まった島嶼国で、総合計するとちょうど日本の四国ほどの大きさだと言われています。島々にも大小さまざまがあり、首都スバや国際空港のあるナンディはその中でも一番でかい「ビチレブ島」って名の島にある街です。そしてぼくが行こうとしているカンダブ島はフィジーで4番目の大きさを誇る熱帯雨林の島で、日本でいえば淡路島をちょっと大きくしたくらいの面積になります。今回の旅では感覚的にビチレブ島には食指が動かず、速攻でカンダブ島へと飛ぼうと思っていたのですが、5日という中途半端な日程が空くならばまあしゃあない。それまでバスにでも乗ってこのビチレブ島を巡ってみるかと思ったのでした。
しかしこの暑い中23・5キロのカヤック装備が収納されたバックパックと12キロほどの生活用品が入った別のバックパックとの2つを持ってあちこち歩き回るのは気が引けるなあ、レンタカーを借りるのももったいないしなあ、とカートを押してうろついていると、パンチパーマが伸びきったようなヘアスタイルのごついおばちゃんがぼくを見て状況を察知したのか近寄ってきて「あそこに預けるといいよ」と、荷物一時預かり所を指さしてくれた。そうだそんな簡単ことになんでおれは気付かなかったんだろうか、時差ぼけしてんのかなあ、もし海に出てこのぼけ具合だったらまずいよなあ、などと思いつつ5日間預かってもらう手続きをしたあと、バックパックを持ってリノリウム臭く薄暗い15畳くらいの荷物置き部屋に入ったとたんぼくのぼけた脳みそは一気にシャキーンとして、とっさに南半球を中心点とした地球の姿を思い描いたのだった。
ちょうどこの上のグーグルアース図のような、海しか映っていないプラネットアース。
預け棚にはサーフボードがたくさん並んでいる。
そう、このフィジーにサーフトリップしに来た連中けっこうがいるのだ。
薄暗い部屋の中、まるでサーフボード一枚一枚それぞれに、「ぼくらはあちこちの国からこの南半球の島に、風という地球の息吹、波という水の惑星の鼓動と対話しに来ました」という無言のストーリーのようなものがしみ込んでいるような気がして、その棚に自分の折りたたみカヤックのバックパックを置くことによって、晴れてその仲間入りをした気分になったというわけです。
南太平洋を中心点として地球儀やグーグルアースを見てみると、ちょうど角度の妙ってやつで、大陸が全く見えず、地球は完全に水の惑星と化するのですが、ちょうどそのとき宇宙から見たウォータープラネットの姿がパーンと脳のスクリーンに描き出されたのでした。
ここでやっとカヤックトリップのスイッチが入ったわけですね。
カヤックトリップという旅のスタイルはサーフトリップやダイビングトリップというスタイルに比べていかんせん遅れをとっている感があるけれど、カヤックこそ、この暗黒の大宇宙の中にあってひとり美しくブルーに輝く宝石のような水の惑星「地球」の息吹をディープに体感することのできる、最良のトリップツールなのです。
だいたい、バックパックで背中に背負って歩いて運搬できる舟など、他にない。
そういうスイッチ。
さてそういうわけでこのフィジー・カヤックトリップのお話は次回に続いていきます。