当店では冬季もツアー開催していますが、
この時期ならではの座学中心のカヤック・ナヴィゲーション講習も重点的に行っています。http://islandstream.la.coocan.jp/navischool.html
ナヴィゲーションとは、安全に航海するための術・状況判断能力ですが、パドリングスキルに比べて意外と軽視されがちなものです。だけど、「なんちゃって海遊び」みたいなものではなく、きちんとツーリングを楽しもうとするならば、それなしで海に出ることは不可能と言えます。なぜなら、どんなにうまいテクニシャンでも状況判断を誤ったら海では事故につながるからです。
「海域・フィールドに対する知識情報」「気象・海況に対する知識情報」この2つの要素をしっかり踏まえた上で、初めて成り立つのが海でのナヴィゲーションなのですが、当店は世の中に数少ない、きちんとナヴィゲーションを教えることのできるスクールです。
座学ってちょっとめんどくさそうだなと思うかもしれませんが、自分で海と対話しながら自由に進んでいけるシーカヤックの本当の面白さ、醍醐味って、このナヴィゲーションにあるのです。
ナヴィゲーションさえできるようになると、自分で全く知らない海を漕いだり、旅することだってできます。
「今なぜこの風が吹いているのか?」
「今なぜこの波がたっているのか?」
「この風波は1時間、2時間、数時間後どのように変化するのか?」
この「なぜ」「どのように」を知ったうえで漕ぐのと知らないで漕ぐのとでは、安全性に直結する状況判断力に大きな差がでます。またそこから「海との対話」「自然との対話」がより深まり、ひいてはカヤックの本当の面白さが開けてくるのです。
安全性のためにも、より心豊かなカヤックライフのためにも、ぜひアイランドストリームのナヴィゲーション講習をご受講ください。
先日ツアーで行った友ケ島の上から見た淡路島方面。
潮は速いが、潮の走ってる海峡って独特の神々しさがある。
ここは日本神話冒頭の島生み神話に描かれた舞台のひとつでもあるけれど、あのイザナギとイザナミの島産みの部分はたぶん1万年位前からこのあたりに存在した、旧石器~縄文時代の海洋民の神話からとってきて王権用にリミックスした話だと思う。
北方系、南方系、各地から渡来してきた民族の異文化融合の比喩としての性交と、そこから発展する無限の可能性の比喩としての無限の島々(大八洲)。
多島海と、その間を膿むことなく生成変化して流れる潮。
そいつがヤポネシア神話を貫くスピリット。
ここの潮だけは、1万年位前から、その性質は変わっていない。
そいつを波、風とともに、全身で踊り、感じること。
いろいろイマジネーションを刺激されますね。
また、こんな場所をホームグランドにしてることを、すごいことだと改めて思いますね。だって、たぶんリグ・ヴェーダより古いそんな太古の神話の原型ってこの地球上にほとんど残っていないわけだから。
またシーカヤッキングで一番大事なのはイマジネーションだしね。
ちょっと先の話ですが、スケジュールが決まったのでお知らせします。
毎年3.11前後に開催している、
高野山町石道(ちょういしみち)ピーストレッキングですが、
2017年は3月11日(土)に開催します。
http://islandstream.la.coocan.jp/kouyasan.html
大震災から6年。犠牲者への哀悼、被災者への想い、復興への祈りを込めて、
祈りの聖地である高野山への参詣道20キロをロングウォーク。
テーマ性をもったイベントですが、
普通のトレッキングとしても楽しめる、世界遺産の巡礼道です。
どうぞご参加ください。
「海賊机」と呼んでるうちのお店のテーブル。昔の廃船材で作られたものですが、
重さ100キロくらいある。
いろんな人と海の話をするにはこのどっしり鎮座した感じがいいなと
一目惚れして今年の春に買ったやつ。
今年だけでもかなりいろんな現代の海賊たちと海の話をしたけれど、
これからももっともっとたくさんの海の物語をこの木に染みこませ、
この机とともに新しい海文化の歴史を歩んでいきたい
そして、いつの日にかこの机に集った人たちの語った海の話をまとめて、
物語を書きたいと思う。
実は自転車好き。
和歌山の海岸線は自転車ツーリングにも適した場所がたくさんありますね。写真は湯浅湾南岸の白崎海岸周辺。海上から見る景色もいいけれど、陸から海の眺望もまた素晴らしい。3枚目の写真に写っている山は「重山(かさねやま)」といって、うちでライトトレッキングツアーも行っている山。低山だけど存在感あって好きな山だ。山上から眺める白崎海岸や由良の沿岸もまた最高。
この周辺の雰囲気、空気感、湯浅のうちの周辺とも違うし、和歌浦あたりとも白浜周辺とも違う。半島地形独特の海の香りと太陽の鮮やかさがあって、お気に入り。
自分の身体感覚を等身大のまま、ちょっと延長してくれる人力ツールでの遊びを通すと、よりそのよさが引き立ちますね。
地球上に前人未踏の地などなくなって久しい今、「冒険」不毛の時代と言われてるが、いやいや今ほど冒険が面白い時代はないと思う。
たとえば今ほど「アウトドア・アドヴェンチャー」と呼ばれる事象が巷でバラエティ豊かに溢れている時代は、これまでなかった。シーカヤッキングにホワイトウォーターカヤックにサーフィンにSUP、バックカントリースキー、登山、ロッククライミング、パラグライダーにスカイダイビングにクリフダイビング・・・、「アドヴェンチャー」と名のつく遊びは数え切れないほどある。
真剣勝負でリスクを背負い、美しくも厳しい自然を相手に、主体的に旅やアクションを行うこと。それを冒険と呼べない法はない。
要はどんなテーマでやるかの世界。
幸いLCCの普及により、世界中どこでも行こうと思えば可能で、昔と比べてコストも下がっている。それにより、平凡な一般市民が、ごく個人的なテーマで冒険することができる。そんな時代は人類史上、これまでになかった。
別にスポンサーを付けなくてもできる。ということはより自由度も高まった。冒険に、自由が付与された時代だとも言える。
特に今の時代、ぼくは「配列」が面白いと思う。
つまり、現実的に長い休みを取れなくて長い大きな冒険ができなくても、短い冒険トリップをたくさん積み重ねることによって、自分の中で文脈、脈絡、テーマが生まれてくる。1回だけではなく、回数を重ねる。そうして2年、5年、10年、20年やっていくとかなりの蓄積となる。
それが「配列」だ。
そこで到達した自然観や世界観などは、完全にその人独自の物となるし、それこそまさに真剣勝負の冒険を通してこそ培われた「前人未踏の地」となるわけだ。
それほど豊かなものはない、とぼくは思う。
純粋だしね。
ちなみにうちのアイランドストリームで併設している「The 7th Sense cafe」のセヴンスセンスとは、それのことを言っている。別にセヴンイレブンと何の関係もなく、またオカルトなんて目じゃない。。
独自に地球を感じるセンス、プラネット感覚のことを言う。
物理的な前人未踏地を無理矢理でっち上げたり、いるはずもないUMA(未確認動物)を探しに行く、とかいうテーマでの冒険、探検っていうのもあるけれど、そういうのはかなり上手くやらないと、逆にどこか不純なものになるような気がする。
変なヒロイズムのにおいがするから。
当店アイランドストリーム/The seventh sense cafeにて、
近々映画上映会を2本開催します。
☆【12月10日(土) 「サバイビング・プログレス ~進歩の罠」 映画上映会】
壮大なスケールで人類の生存について問うドキュメンタリー
http://islandstream.la.coocan.jp/survive.html
☆【12月23日(金・祝) 「ハッピー・リトル・アイランド」映画上映会】
大都会から離島に移住し、人生を再出発した若者たちのドキュメンタリー
http://islandstream.la.coocan.jp/happylittle.html
毛無島とかるも島の間に沈む、有田みかん色の夕陽。
初冬の湯浅湾も美しい。
冷気によって、風景全体の毛穴がキュッと引き締まった感じ。
先日のハーフデイ午後からのツアーにて。
すっかり日が短くなって、現在、
ハーフの帰りにこういう光景が見られる状況です。