これから残暑厳しい秋口にかけて、ナイトシーカヤッキングが面白い。夜光虫の海だ。
百聞は一見にしかず、想像を遥かに超えて素晴らしい。
水平線に漁火がゆらめく夜の海。誰もいない波打ち際では、凪いだ潮騒が、落ち着いたハートビートのように優しい鼓動を繰り返す。目を凝らすと、2ミリほどの小さな、グリーン/イエローの光球が転々と転がり、潮騒と共に遊んでいるのが見える。これが夜光虫だ。専門的に言うと、夜光虫とは「植物性鞭毛虫綱オビムシ科」の原生生物で、プランクトンの一種。この群れが体に刺激を受けると反応し、神秘的な光を放つ。
夜光虫の夢幻に誘われて、夜の海に出る。最初は夜目が利かなくて、全てが不安げだ。漕ぎ進むと、日中何てことなくかわす岩礁がいきなり出てきて驚かされる。さらにブイや釣り筏、海上に漂う流木などに出くわし、しばし心臓をバクバクさせられる。
「未知の世界に漂ってるな」と、少々畏怖めいた感覚を覚える。
しかし、やがて夜目が利いてくると、未知の感覚そのままで、畏怖が安心感に変わリ始める。漁火、町の明かり、天空の星々や月のあかりなどの影響で、だいたいのものが目視できるのだ(場所によろうが、アイランドストリームのフィールド・和歌山湯浅湾ではそう)。あまり遠くのものは見えないが、目視できるものすべてがボーっとした輪郭で立ち現れる。その触感が優しさを帯びていて、なぜかしら落ち着く。
天空では星たちが、手を伸ばせば届くほどにまたたいている。空気が澄んでいることにより、都会では考えられないほどの数が、天空狭しとひしめき合っているのだ。だが天空は、そんなことどうでもいいほど、広い。
ワイドな球体であることを意識させる空間の上半分。
そして空間の下半分は海で、これも天体と同じく球状であることを謳っている。
空と同じ色で、星だけを取り除いた真っ暗な海。
天空と海、それぞれ半分に切られた球状を足すと、空間全体がひとつの宇宙空間のようだと意識させられる。
そこに、シーカヤックという、無重力的な乗り物で漂う。
まず面白いなと思うのは、宇宙遊泳しているような感覚。
そしてパドルで水面を掻くごとに、刺激を受けた夜光虫が光を放つ。
それが、暗い海・・・下半分の天空の星々というわけだ。
よく、漫画に出てくるキュートな魔法使いの女の子が杖を一振りすると、星がキラキラキラと流れ出るという図があるだろう。あれととてもよく似ている。パドルという魔法の杖から星がキラキラと流れ出る感覚とでも表現しようか。
宇宙遊泳しているつもりを洒落こんで、そんな神秘的な光を噛み締めながら漂っていると、心の深いところから、不思議な感情がじんわりわきあがってくる。
どんなものか、それは人それぞれだろう。
だが共通項は、とても穏やかなものであるということ。
夜ということ。視覚が完全ではないこと。どこまでも受け入れてくれるような広い空間。宇宙遊泳しているような体感。夜光虫の神秘。波の音と陸の虫の鳴き声しか聞こえない静けさ、涼しさ。それらが、その独特のフィーリングを演出する。