恐懼に堪えない日々

【恐懼】(きょうく)・・・ おそれかしこまること。日々の生活は恐懼に堪えないことばかりですよね。

一喝する勇気

2006年06月08日 | 所感とか
テスト後の喧騒も一段落、授業再開です。
私は主に1,2年生の授業を担当しているのですが、
その中でも特に一年生はいい意味で言えば元気だし、
悪い意味で言えば落ち着きのない生徒が多いのです。
つまり、授業が始まっても私語が多いとかそういうことですな。
まぁここからはしっかりやるぞ、といえば集中できる生徒が多いので、
その点は喜ぶべき点ではありますが、かれこれ授業に行き出してから2ヶ月、
何となくそれぞれクラスの空気というものがわかり始めてきました。

しかしまぁそういう時に限って問題があったりするんです。
授業を担当している、とあるクラスの中ではなにやら揉め事があったらしく、
その日教室に入ったらみんな意気消沈してるわけなんです。
その時点では私は何でそんな雰囲気になってるのかよくわからず、
そこはいつも通り授業を進行しているのですが、
いつも以上に机に突っ伏している生徒が多いのです。
普段ならしっかりと前を向いてノートを取っている生徒までもが。
私もこの辺は大人になれなくて恥ずかしいとは思うのですが、
やはりそういう雰囲気の中で授業をするのはとても気分がよろしくないものです。
いつもならここでこういう話をすれば絶対に乗ってきてくれるのに、
というところでもみんな無関心。

高校一年生といえばまだまだ発達段階の心理状態なのはわかりますが、
反面で義務教育を終えた以上はそれなりに大人としての自覚を持って欲しい、
というのが私の考え方だったりします。
すなわち、クラスの中で友人関係がどうのこうのということがあっても、
それはあくまでも私(プライベート)の部分の話であって、
それを授業という公(パブリック)の場には持ち込んで欲しくないのです。
少なからず大人でも公に私を持ち込んでしまいがちですが、
それを前面に押し出してしまうということはないはずです。
クラスの中で1人でもそういう空気を醸し出す人間がいて、
私がそれを注意しなければその悪い空気が伝染してしまいかねません。
そう考えた私は、普段そのクラスでは和気藹々と授業をしていますが、
一喝させていただきました。
「しゃきっとせいっ!お前はいつもそうなのか!」
などという威勢のいいことはいいませんでしたが、とりあえずそれに類することを。
担任でもない私のこういった行為は重大なる統帥権干犯、
じゃなくて越権行為かもしれませんがね。

雰囲気のいい授業作りをするためには、生徒との友好関係を築くことが重要ですが、
それは生徒におもねって見て見ぬ振りをすることではないはずです。
当然一喝した後は、さらに教室内は元気がなくなりましたが、
長い目で見れば必ず思いが伝わるんじゃないかと期待しています。
これでクラスから嫌われてしまってもしゃあないかな、と。
義を通すためには目先のことにとらわれてちゃいけないんだろうと思います。
さぁ、今日のこの行ないが吉とでますか凶とでますか。

恐懼再拝。
コメント
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