家では菖蒲が咲き、紫陽花が咲き、すかし百合も咲き、この時期の花が咲き揃った感じがします。
バラは何回か咲き、以前玄関先に並んでいたバラを思い出す人が多いのか、時折、2年ほど前から「バラが咲いて綺麗だった」など声をかけていく人がちらほらおられます。
バラの声を聞くと、また綺麗に咲かせたいと思ったりしますが、何しろ手間隙をかけて育てる割には、環境に配慮のない方もおられ、嫌な気分になることもあることを思うと、何も無いのが気楽と思えたりします。
確かに、沢山のバラが咲いた頃には切花にして、あちらこちらに出回り喜ばれたものでした。その頃を懐かしむ方が多いのでしょう。
こんな所にも年年歳歳が潜んでいる、頭をもたげて来る、感慨深く感銘を受ける。年々、日々、風景や光景の移り変わりに心を震わせる方がおられる事を感じます。
私がこちらへ帰ってきた頃は、年々向日葵なども咲いていて、向日葵が途絶えた頃には「毎年向日葵が咲いていた」との声を聞いたものです。
思うに、人は花が好きなものですね。花のある風景が好き。ちょっとした1鉢の花でさえ憩いになるのですから、散歩で見かけた花の固まりは、それこそ大層心惹かれるものなのでしょう。
花が無いように思うこの梅雨の時期、水無月に咲く花もそれなりにあります。嬉しい事ですね。