Jun日記(さと さとみの世界)

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走馬灯の時

2025-01-09 10:27:42 | 日記
 私は祖母の話した事を思い出してみました。今しがた考えていた所ですから、それは容易に私の脳裏に浮かびました。

 「誰かに頼まれたとか、⋯約束したとか、させられたとか。」

そんな事を祖母が言っていたと、私は彼女の言葉の端端を思い出す儘に祖父に語ったのでした。「代を継いで欲しい…、出来るだけ続けて欲しい、」「そう、祖母にそう言った人がいるとか…。」ここ迄話してきて、私は改めて祖母の言った言葉に思い当たるのでした。それは第三者の影でした。私の知らない影の人物がいるのです。祖父母以前に、又は親戚に、家の跡取りや家名の存続を心配していた人物がいたのです。そんな誰かの影。私はそれを察知したのでした。

 すると祖父は、あの人がそんな事を、と口にすると、遠く物思う風情で感慨深い顔付きになりました。又、そんな事をと、私の父方の従姉妹の愛称を呟き、「…はそんな事を言われたのか。」と呆然とした様子になりました。私はこの愛称に従姉妹の顔を思い浮かべたのですが、思えばその愛称は祖母の方だったのでしょう。名前の頭文字が祖母と従姉妹は同一ですから。私はかつて祖母が愛称で呼ばれるのを聞いた事が無かったのです。それは私の記憶には無いのでした。しかし、今から思うと、祖母の名前の最初の文字ですから、この時祖父が言っのは祖母の愛称の方でしょう。話の流れから言ってもそれが自然で確実です。

 祖母に家の子孫の継続を心配して託した人物、祖父があの人と言う人物、当時は漠然と親戚だろうと考えていた私ですが、今はそれが祖父の父か母、祖母にすれば舅姑だろうと推察出来ます。祖父方の曽祖父は早くに亡くなったと聞きますから、それは私の曾祖母でしょう、祖父の母でしょう。祖母にとって姑である彼女の言葉は、嫁の立場の祖母にとって大層重たかった事でしょう。

 その後の私の祖父は茫然自失となり、過去を振り返っていた様子でした。物思う風情が深くなり、彼の目は虚ろとなるとその場をうろうろゆるゆると周り、徘徊する彼の脳裏には昔の出来事が走馬灯のように浮かんでは消え、明滅していた事でしょう。祖父を見守る私にもそんな彼の状態がぼんやりと理解出来ました。

 「そんな事を、あの人が。」祖父はこの言葉を何度か繰り返すと、やがて歩を止めその場に佇んでいました。彼の傍らにいた私には、彼の頭の中の記憶に及ぶ知見も歴史も無い身なのでした。只、迫り来る当時の現実、その日の日差しが私達の影に茜を差して来る時刻である事、又祖父の時も夕暮れを帯びて来ている事を私は感じ始めていました。

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