Jun日記(さと さとみの世界)

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世の波

2025-02-03 15:13:37 | 日記
 しんみりしたかと思うと、その後祖父は妙に明るくなりました。ま、突き詰めれば鯔のつまりは己が為、自分の為だよ。…欲だよ、私には欲が有ったんだよ。祖父はそんな事を言うと、又しんみりと遠い過去を想い遣る様子でした。

 あれと所帯を持ったのも、…そうなんだなぁ。

 「人には欲があるんだよ。」

祖父は不意にそんな事を私に語りかけると、人の親切には裏がある、只より怖い物は無いと言うだろう、と、妙に笑顔になり私を見詰めるのでした。お前だってそうだ。祖父はまぁ又何かを考える様子で言うのでした。それは過去の何かに思い当たったとでも言う様子でした。

 「あれはまぁ、一角の女子でなぁ、私と出会った時にはもう一角の財を持っていたんだよ。」

未だ若いと言うのになぁ…。祖父の笑顔はこの言葉の頃には消えてしまい、私が見つめる祖父の顔付きは、何だか苦しそうな表情に変わっていました。顔もあれで器量良しと言う者もいたし…、私はそうも思わなかったんだが…、家でもそう言うものがいた者だ。

 祖父のその後はひどく寂しそうで、彼は黙りこくると、私が一言二言と問い掛けても返事をして来ないのでした。

 「皆去って行った、偏に風の前の塵に同じ、か。」

鐘も近くに有るじゃないか。祖父の声は感慨深そうでした。何時しか祖父はこちらに背を向けていたので、私にはその表情が見えませんでしたが、その両肩ががくりと落ちている様子で、私は彼が気落ちしている気配を感じ取る事が出来ました。

 慰めた方が良いな、と私は感じて、何か彼の気持ちを引き立たせるような話をと、私は戯けた声で滑稽な話を祖父にしたのですが、今はもうその内容を覚えていません。多分、他にも、お祖母ちゃんの事を思って寂しいのだね、お祖父ちゃんは愛妻家だね、とでも言ったものか。お祖父ちゃんが寂しそうだと、お祖母ちゃんがあの世で心配するよ、とでも明るい声で励ましたものか、余計な事を言ったのでしょうね。

 すると、私の意に反して、祖父はぷりぷりとした苛立った声で返事をして来ました。「何が愛情深いだ、云々。」、如何にも気分を害した気配の声でした。人が感慨に浸っているというのに、というような彼の愚痴さえ、耳聡く聞き取れた私であったかもしれません。祖父は怒りの形相で、お前だってそうだ、あれと私の間に入って来ようとしただろう。…今だって、私とあれの考えが違うとか何やかや、私達の間に水を差して、これ以上何を狙っているんだ。あれがもうい無い今、お前にやる物などもう何も残っていないよ。そんな事を、祖父は感情の儘に口走っている様子でした。私は呆気に取られて返す言葉も無く、呆然としていたので、祖父の景色は一層悪くなるのでした。図星だろうと祖父が言っていたので、如何やら私は祖父の目に如何にもそうだと言う表情をしていたのでしょう。私は取り付く島もないという事で、祖父に対して如何対応したものかと困って仕舞いました。

 そこへ丁度私の父が、もう暗くなってきた、急ごうと声を掛けて来てくれたので、祖父は自分の息子である私の父の声に我を取り戻したようです。彼は息子の前でしゃんとすると笑顔を取り戻しました。今から思うと、商売人であった祖父は裏の裏、様々に物事を見てしまう人だったのでしょう。又、折角の祖母との思い出や、過去の身内を思う慕情にしっとりと浸っていたのに、おしゃまな私がその美しい絵画のような情景に土足で踏み込み、茶化した事になった結果に、彼は酷くお冠になると、この世に一人取り残された腹癒せを、その矛先を、私に向けた物とも思えるのでした。

 さて、この日のように、人の様々な思考に晒されて、何時も迷惑したり気疲れするのが私というものでした。それは昔も今も変わら無い事のように思えます。私はそんな人の感情に慣れてしまいました。いえ、人の世とはそういう物で、世の人は皆その様な事に慣れてしまっているのかも知れません。上手く世の波に乗れる人が世渡り上手と言えるのでしょう。祖父はこの時そんな事を私に教えたかったのかもしれません。今から思うと、私に愛妻家と誉められた祖父は、孫の手前照れくさく、照れ隠しに怒って見せて、非常さを装った様子です。(笑)       終わり
 
 

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