母の言葉に合わせて、私がちょっと具合が悪いと言うと、母は慌てた様子で私のおでこに手を遣った。
「熱はないねぇ。」
彼女はやや安堵したようだ。どれと私の顔を覗き込んで間近でジロジロ私の顔色を眺める彼女は、如何やら熱などで頬が紅潮していないかどうか確かめているようだ。
やれやれ、母の手から解放された私は、はあぁ…と溜息を吐いた。母はそんな私を眺めていたが、一寸微笑むと、
「お前具合は悪くないんだろう。」
と言った。仮病だと思ったらしい。確かにこの時身体的な病気には掛かってい無いらしいと私も感じていたので、多分ねと私は言った。気疲れしたのだ等、この時の私には言う裁量など無い。
「あの人の言う事も当てになるのかねぇ。」
等、母が言うので私は黙って彼女の言葉を只聞き流していた。母はくりくりした感じの目になると、私の事をまじまじと見つめて自分の子の観察を始めたようだった。
私はそんな自分の事を観察する母に初めて出会った様な気がした。それ迄の彼女は私の顔しか見てこなかった気がする。私の顔や仕草、全体の雰囲気など、しげしげと総合的に観察して考察する母の姿等、多分初めての事だろう。そうじゃないかなと私は過去を振り返った。
『多分初めての事だ。』私は記憶を辿り確信した。母は何を思って…、といえば私の母だと言っていたっけ、と、私は母が自分の子を観察して考えているのだなぁ、多分、生まれて初めて。と思い、母の私を観察して考察する様子を眺めていた。母は私に対してどんな答えを出すのだろうか、また、何について考えているのだろう、そんな疑問を持って母の思案する顔を眺めていた。私は彼女を眺めながら、母だと言い切ったこの人の、口から出てくる多分私への評価の言葉に少なからぬ興味を持って待機していた。
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