本当の異変は翌日起こった。1日前の私の危惧が杞憂に終わらなかったのだ。昔物語が祖父の身に現実に起こる結果になった。後に祖母も言っていたが、「昔物語は大袈裟だと馬鹿にできない物だ。現実にもある事を示唆している。用心に越した事はない。」である。
その日、朝食の膳に祖父の姿が無かった。私はてっきり自分が寝坊して祖父と顔を合せなかっただけだと思っていたが、ご馳走様の後、御膳には未だ伏せられた儘の状態で残っている茶碗が有ったので、不思議に思って母に問い掛けた。
「これは?。」
「お義父さんのよ。」
つまり祖父の茶碗だという。私は母の答えにえっ!と驚いた。祖父母はかなり朝が早く、常なら朝食は私が一番遅いのだ。私の食事が済むのを待って、後に母は待ってましたとばかりに御膳をパタパタと畳んでしまうのだ。
「お祖父ちゃんが、まだ寝ておられるのよ。」
と続けて母が言う物だから、『変だ。』と私は思った。子供の事、一晩寝て祖父の身への危惧が薄らいでいたが、再び不安に駆られ始めた。私は朝食後の座った状態の儘、耳を澄ませて祖父母の寝所の気配を伺った。
「お父さん、もう起きられては?」
そう祖父を起こす祖母の声が聞こえて来た。云と答えた祖父は、未だ布団に臥せっているらしい。何だか調子が思わしくない、とか、気分がすぐれない、とか聞こえていたが、祖母の、まぁ、お父さん、駄々っ子みたいに等々、その後は暫く小声でぼそぼそやり取りする気配だけが伝わって来ていたが、
「ひゃっ!」
と祖母の悲鳴のような、妙な驚愕の一声が上がったと思うと、部屋は不穏な空気に包まれたようになった。
やや置いて後、祖母が控えめな調子で言う「お父さん、そのまま寝ててください。」そう言う声が聞こえて来た。後は何やら室内でぱたぱた人が移動している気配がした。後に考えるとそれは部屋で祖母が一人あたふたと何かをしていた気配だったのだろう。そして、私が見ている前に祖母が現れた。心配して見詰める私の目には、祖母の顔は何時もの祖母のそれに見えた。
「四郎は?。」
祖母は私と目が合うと呟くように父の名を言った。お父さん?そう祖母の声に釣られて私も呟いたが、ああ、祖母は父を探しているのだと気が付くと、私は父は2階だと答えた。2階は私達親子の寝所になっていた。そこへ、朝、私を起こしに来た父はそのまま残り、今迄、未だ下りて来ていない事をこの時の私は把握していた。
「2階。…」
心此処に非ずで、気の抜けたように同じ言葉を2回程繰り返して、祖母はハッとした顔になると、慌てたように階段の下に駆け寄り上に向かって息子の名を呼んだ。声が妙に上ずっていた。
「四郎、四郎、お前、来ておくれ。」
私はポカンとして目の前で起こる祖母の光景を眺めていた。訳が分からなかった。
祖父母の寝所から出て来たばかりの祖母は普通に見えた。それで私は安心していたのだが、今の祖母は様子が変だ。私はやはり祖父の身に何か起こったのではないかと、2人の寝所にしている目の前の部屋の障子戸を見詰めた。目を凝らし、耳を澄ませて中の気配を窺って見る。しかし何も、外から見詰めるだけでは何も中の様子は分からなかった。
私は思い立ち、正座していた畳から立ち上がると、祖父母の部屋に入り寝ているらしい祖父の様子を見て来ようと考えた。私が2、3歩足を進めると、私の気配を察した祖母がいち早くその行動を制した。
「あ、駄目よ。」
「お祖父ちゃん、そう。具合が悪いから。移ると困るからね。」
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