「いやぁ、ご亭主、あんたさん、なかなかのお人だね。」
そう夫は食堂の主の言葉使いを褒めました。すると、へへへと、亭主は愛想よく照れ笑いなどします。
「あっしは学が無いんですがね、家内がね、少々ありまして、一寸あっしにも教えてくれるんですよ。」
ほほおぅ…。彼の言葉に父は感嘆し、何やら興味が出たようでした。「学」と聞いた息子の方は一瞬興ざめしたような表情を顔に浮かべました。が、父が主の話しに乗り気な様子なので、彼に合わせて静かに微笑んでみせました。この時父はさり気無く息子の表情を見て取りましたが、素っ気なく無視すると主に切り出しました。
「では、御内儀は相当な学があるお人なんだね。」
「相当というか、家がね、あいつの家がね、あいつはちょいと良いとこの出なんですよ。」
亭主は神妙な顔つきになり節目になると、「世が世なら、あっしなんかのかかあに収まるようなお人じゃないんですよ。」と、しょ気た様にその場に立ち垂れるのでした。その後は何だかしんみりとした口調になるのでした。
「それはそれは、ご主人、訳有りのお人なんだね御内儀は。」
店主が言葉に詰まったような様子になると、こう言って父もそれ以上は無理に話を進めようとはしませんでした。
「訳ありって、ご亭主、どんな訳があるんだい?」
それ迄父に話を任せっ切りで静かにしていた息子が、俄然興味を出して勢い込んで尋ねました。「訳ありは訳ありでね。」店主も興味本位の息子が相手では、それ以上は口を固く閉じて語ろうとはしませんでした。他に誰もいない店内は妙に静まり返り、汁の香りも引いた感じになり、そこはかとなくだけ漂うだけなのでした。
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