「ああ、そうだが、大した事がなくて良かった。」
チルはにこやかな笑顔で、如何にも2人の上官らしく落ち着いた堂々とした物言いをした。
動作も洗練された物腰できびきびとしておりスマートだった。
シルにもう少し椅子に座ったままで休むように言いつけると、
傍らのミルに目配せし、話があるからとシルの傍から2人で遠ざかった。
『駄目だよ、如何してああなる前に気付かなかったんだ。』
抑えた小声だったが、かなりきつい口調でミルを叱責した。
シルの様にテレパシーの感応度が強い人にとって、外部との拒絶という体が自然に行う防衛反応は、
限度を過ぎるとそのまま意識が戻らず、閉鎖状態のまま植物状態化してその生涯を閉じてしまう者もいるのだ。
実際、シルの前任がそうなり、ここでの調査探求がかなり遅れてしまった。
それほど、この地球上の人の精神構造は複雑だった。
彼らは以降、シル達テレパシー感応能力の強い者への配慮を怠らないでいた。
『地上にいる時は特に注意が必要だと言って置いただろう。』
シルに見られないようにミルを睨みつけるチル。
副長の怒りに恐縮して畏まってしまうミルだが、口元には何故か含み笑いが浮かびそうになり、
必死にそれを堪えていた。
『副長だって、偉そうな事は言えないな。』
ミルは思う。
ミルは最前、後方で話す2人のこの星の女性を見ていてある事に気付いたのだ。
それは副長と必ずしも無縁ではないと思う。ミルのその思いは確信といってもよかった。
自分の上官だと思えばこそ、その事について何も口に出さず確りと口を閉ざしていたのだ。
程無く上官と部下のやり取りが終わり、2人が長椅子のシルの傍に戻って来た。
ちらっと眼を上げ、後ろの女性2人を見るチル。
シルにはもう少しここで休むように言うと、ミルに彼女の世話を任せ、
後程2人で共に船に戻るようにとテキパキ指示を出すと、足早に販売所の小屋表へと消えた。
その様子を見ていた夢子は、口を一文字に結び、何事か決心したように不意に席を立った。
「初子、一寸ここで待っててね。」
そう初子に言い置いて、チルが向かった方向とは反対方向からお札販売所の小屋の表へと回り込んで行った。
『トイレかしら?』
販売所の小屋の中にトイレでもあるのだろう。
そういえば、ここでじっとしていて冷えて来たわ。
何時もより暖かいと言っても冬の事、もう夢子が戻ってきたら帰らなくっちゃ。
初子はそう思った。
そう思いながら、目の前にまだ座っている2人の男女の姿を眺めていた。
所在が無いのだ。幾ら他人に対して疎い彼女でもあれこれと考えてしまう。
兄妹かな、恋人同士かしら?
初子の目には2人が夫婦というには若い気がした。
兄妹ならさっきの人は2人のお兄さんね。
綺麗な銀髪だったなと彼女は思う。初子は自身がフアンの銀髪の映画俳優の事を考えていた。
最近見た彼の映画、戦争物で上官を守るために自身が囮になり敵に撃たれて死んでしまう役だった。
その最後の場面で、煌き揺れる銀髪が効果的に俳優の死を演出していたので、
思わず映画を見ていた彼女は息を詰め、英雄的な彼の死に様に酷く魅了され涙ぐんだ。
良かったな、あの揺れる銀髪。
さらさらと柔らかそうな銀髪が初子の目の前を過ぎった。
事実は彼女の脳裏に映像が浮かんだだけなのだろうが、実際に目の前にあの俳優の銀髪が揺らいだようにみえて、
初子は一瞬、きょろきょろと自分の周囲を見回すのだった。
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