あれぇ!?。私は意外に思った。彼はこれ迄、如何にも父親然としていた筈だ。何時も私の質問にはきちんと答えて来たのだ。それが今回は違っている。彼は顔や体の正面をこちら側に向けているとはいえ、後退りをして確実に私から遠ざかって行っているのだ。
『もしかして…、』
私は思った。父は私から逃げているのだろうか!?、私は驚いた。父に比べれば私は未だ未だほんの子供だ、怖がられる事は無い筈だ。そう考えると、次に、父は私を嫌っているのだろうか?、そんな風にも考えてしまう。一体如何言う事なのだろう?。彼は私の問いに答えたくないのか、もしかすると彼は答えられないのか?。
『そうすると、父の方が嘘を…。』
父の方が嘘を吐いているのかと、私はそんな事を考えながら何も気づかない振りをしてそ知らぬ顔をしてみた。
私は父の顔付きと足運びを内心不審に思いながら、それと無くこれらを交互に見比べていた。するとその内私の心の中には段々と失望感が広がって行った。いくら私が幼いとはいえ、この父の様子から彼が私の問いに真面に答えて来ないだろう事は窺い知れた。私は失望感でがっかりした。ついつい肩を落としてシュンとした感じになって仕舞う。さりげなく無表情に体面を保つ父の顔より、引き下がって行く足の方にばかり視線が注がれてしまう。
すると、漸く彼は私の注意が自分の足に届いた事に気付いたようだ。彼は素知らぬ顔付きの儘だったが、捉えどころの無かった目の焦点を私の顔に合わせた。そして一瞬ちらちらと考え事をするように黒目が動いたが、次に彼の瞳はぱっと生気を帯びた。と、父は言った。
「今日はこの話はしない事にする。」
そう言った彼は、その儘ゆっくりと私に背を向けると、やはりゆっくりとした足取りでその儘居間を進み次の部屋に入った。
私はその場に佇んだ儘でそんな父の後ろ姿をぼんやり見送っていた。と、次の間に進んだ父が不意にひょいっと頭を下げて一瞬屈みこむような身の仕草をした。そして後方にいた私を振り返った。私が相変わらず元の場所にいるのを確認した父は、お前そこにいたのか。と言った。
ずっとそこにいたのかとか、すぐ後ろに居てそこまで急いで飛び下がったのかとか、彼は私に問い掛ける様に言って来たが、私はこの場にいて動かなかったと答えると、父は解せないなぁと言った。大抵この辺りで飛びかかって来るんだが、そんな事も言って考え込んでいる雰囲気だ。そんな彼は相変わらずこちらに背中を向けた儘でいた。
私はそんな父の背中に、その頃遊んでいた近隣の男の子達の言葉を思い出した。主に年嵩の彼等は2手に分かれると、1組5~10名程度の人数同士で取っ組み合う遊びをしていた。時には形を整えた騎馬戦等もしていた。勿論私の様な年端のいかない者達は陰で離れて観戦するだけなのだが、見ていると、旗色が悪くなった組が逃げ出しに掛かると、優勢な組の方は逃げる相手を散々罵倒して囃し立てたものだった。
「敵に後ろを見せる卑怯者!。」「戻って来て最後迄戦え!。」「情けないぞ!…。」等。私は父の背を見詰めている内に、遊び仲間の彼等のこの囃子言葉を頭に浮かべていた。
「敵に後ろを見せる卑怯者。」
私は口に出して呟いた。
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