あゝあー、ここで紅の布地の掛けられた長椅子に腰かけていた2人が溜息を吐いた。
シルとミルである。
『この星の人間って、如何してこうも正直じゃないんだろう?』
ねえと、2人で頷く。
付き合っているなら付き合っている、別れたなら別れた。悲しいなら悲しい、嬉しいなら嬉しいと、
お互いに正直に言えばいいのに。何をもごもご口の中に籠らせて、心に秘密を抱え込んでいるのか。
2人の異星人には理解できない事であった。
彼女達2人の光、ネオンカラーのイルミネエーションを見ているだけのミルでさえ、
2人の心の葛藤、喜怒哀楽、愛憎、協調や対立、そして反発を感じる事が出来た。
ましてやテレパシーで彼女達の心の内が手に取るように分かるシルになると、
げんなりして溜め息どころではなかった。
絶え間なく荒波にさらされた大海の小舟のよう、酷い船酔いに似た気分の悪さを感じた。
これは精神的な嫌悪感である。肉体的な物より始末が悪かった。
脳裏にくらくらっと来るものを感じたシルはその場で放心状態になってしまった。
自己防衛本能が働き、暫く精神の安静に入ったのである。
「あ、あれ、シル。」
1人この場に取り残される形になったミルは困った。
ミルは困った、ミルは困った、困ったミルは船に向かってSOSを発信した。
さて、こちらは初子と夢子である。当然目の前のシルミルの騒動は目に入る。
目の前で外人さんカップルがじたばたしている。そんな事を目の端に捉えて見てはいるけれど無頓着な初子。
何だか女性の方は具合が悪いようだ、もしかすると女性は妊娠していて体調が悪いのではないか、
もしそうなら、あの男性の方は女性を如何するのだろうか?
外人男性の責任を問うように真偽の程を確かめようとして、かなり真剣な眼差しで2人を見つめる夢子。
目の前の2人のカップルを眺めていながらそれぞれの心中は別に、それぞれの思いで彼女達の会話は続く。
「何だか初子、ちょっと変!」
え、そんな事無いよ、慌ててそう答える初子だが、元々、心に裏表の無い彼女である。
内に秘密を抱えるとやはり挙動不審の感がある。
夢子もその事がよく分かるので、もっとあれこれ初子に聞きたいと思うのだが、目の前の男女2人の事も気になる。
前と横、意識を分散しながら初子に問いかけるのはやや辛い。
と、ここで、少し前から舞始めた風花の白い物の数が急に増した。太陽は雲に隠れたようだ。
雪の粒は細かいながらも風に吹き寄せられ、一瞬吹雪の様に彼女達を取り巻いた。
空かさず、ここでお札販売所の小屋の影から第3の外人さんが現れた。
その人影は男性のようだ。綺麗なプラチナブロンドで元からいた男性よりは背が高い。
一瞬、初子や夢子の方に不安な一瞥をくれたが、
具合の悪そうな女性と介護する心配そうな男性の傍へと急いで近付いて行った。
彼が長椅子の2人の場所に着く頃には空に太陽も戻り、また日差しは復活して辺りに太陽光線が降り注ぐ。
周囲は暖かく明るくなった。
「ほんとに、初子、鷹夫さんと…」
ここ迄言いかけた夢子はぷつりと言葉を途切らせた。
そしてその瞬間、夢子の目は大きく見開かれたと思うと、煌くような輝きがその瞳から発せられた。
彼女の瞳が発する視線の先は新参者の銀髪の男性である。
また、視線だけではなく、彼女の体からも一気に狂おしい程に輝く眩しいオーラが、間一髪を入れずに発せられた。
太陽光と夢子の清涼なオーラ、その2つが相まって、周囲に清々しい森林浴にも似た効果を及ぼしたようだ。
周囲の不純な物質を洗い流し、辺り一帯の大気が一気に浄化したようだった。冬の参道は一気に息吹が甦った。
ううん、
シルの意識が戻った。
彼女は我に返って言葉を発した。
「私、如何したんでしょう?」
あれ、副長、如何してここに?シルはいつの間にか副長のチルが目の前に来ていたので驚いたのだ。
副長のチルは知性派であった。艦内随一の切れ者と評判が高く、次期艦長への昇進は疑いようもなかった。
彼は冷静沈着で滅多に宇宙船から地上に降りて来ない。
気が付いたばかりのシルだが、今いる自分の場所が風景からも地上だと直ぐに見当がついたので、
自分の目の前にチルがいる事が酷く不思議だった。
もしかすると、シルは言う。
私また発作に襲われたんでしょうか?
確かに、発作と取れない事も無いシルの自己防衛本能だった。
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