2013.11/30(土)~12/2(月)
筋田さんの支援活動を見学させていただくために2泊3日でポカラまで行ってまいりました。
大阪からボランティアでいらっしゃった女性4人と石川県から見えたご夫妻と私の7名、それに筋田さんです。 贅沢ご法度の筋田さんなりの旅のスタイルでした。
1日目 2013.11.30(土)
銀杏旅館を朝6:00に出発。 カトマンドゥ7:00発のツーリストバスでポカラまでの移動です。今まで私がポカラに行くために使ったバスの中で最も安いツーリストバスでした。 往復で1200ルピーだそうです。 こんなに安く行けるバスがあるなんて・・・知らなかったですねぇ!
かつて使ったことのある グリーンラインバス も バババス も2リットルのミネラルウォーターと昼食付で2000ルピーあるいは1700ルピーでしたが、今回のバスは水も食事も付いておりません。すこしでも安く上げたいと思う方にはおすすめです。
食事付きと言っても私のようにあまりたくさん食べない人は無駄のような気もしますし・・・。
途中2回のトイレ休憩と昼食休憩がありました。一回目のトイレ休憩では・・・ 「あれれ? これは?」 壁に沿った溝があるだけ・・・。
どうしたものかと悩んでいると、ネパール人女性がやってきて手本を見せてくれました。 壁の方を向いて溝に向かって3人づつ横並びでしゃがんでおしりを出して・・・。
私は同行の方に、「向こう向きでガードをお願い」と頼んで済ませました。 (大の時はどうするの???) 中国を旅したことのある同行の方々はそう驚いた様子もありませんでしたけれど・・・。
参考までに・・ 昼食地点のトイレはきれいでしたのでご安心を!
昼食地点での風景
ネパール、特にポカラ方面ではこの木をよく見かけます。 面白いな~と思って見ていたのですが、カットしてないものはけっこうぼさぼさ・・・ 日本の松と一緒で、この木なりの美しいカットの仕方があるようです。 名前は アショカ だそうです。

思い思いの食事を摂った後は出発時間までおしゃべりをして過ごしました。

道路わきのこの並木とヒマラヤが見えてくると 「あ~、ポカラが近づいてきたな」 と思います。 正面にうっすらとマチャプチャレが見えます。(ピントはマチャプチャレに合わせるべきでしたネ!)

ポカラは日本で言うと軽井沢のような観光地にあたり、町もとてもきれいで、いつも何かしらの花が美しく咲き、観光客を迎えてくれます。
チンネベリー・センナという花。

南インドのチンネベリーというところに多く自生する常緑低木で葉は乾燥すると緩下剤となるそうです。


夜にこの木の下を通ったら・・・ 暗くても プ~ンといい香りがするので、見えなくてもすぐわかります。 花の名は ナイトクイーン。 納得!

メインストリートにはこの大きな木が並んでいます。 樹齢何百年かと思われるすごいものです。 これはボダイジュの一種ベンガルボダイジュで、ネパール語で バル といいます。 根が伸びてそこから芽が出て一本で森が作れるほどになるそうです。
2日目 2013.12.1(日)
夜明け前の6:30分ころから、フェワ湖に逆さに写るヒマラヤを見よう・・・ と希望者だけでボートに乗りに行きました。 一艇に3人しか乗れないので2組に別れました。 数年前にはなかったライフジャケット・・ 今日は着るように言われみんな身につけました。7:00近くになると大分明るくなってきました。 でもでも・・ それから1時間ほど湖を行ったり来たりしたのですが、残念ながら、ボートに乗っている間には晴れることなくヒマラヤは姿を現してくれませんでした。

その代わりといってはなんですが、ドライバーさんが岸近くにいたカワセミを見つけて教えてくれました。 ドライバーさんもネパール人でしたが、この鳥の名前は キングフィッシャー と英名で言っていました。 漕ぐのをやめて静かにしてくれたのですが、ゆらゆらと揺れるし曇っていて薄暗いせいか、どうしてもちゃんと写真がとれません。 どれもこんなボケボケ・・・。 お許しを。

ボーティングのあと、庭にこんなオブジェのあるレストランまで行き、湖を眺めながら朝のお茶を頂きました。



そうこうしているうちにヒマラヤが顔を出してきました! 左はアンナプルナメインピークだそうで 右は私もよく知っているマチャプチャレです。
1時間も談笑しているうちに、今回のメンバーの中に 12月生まれの人 が 4人 もいると知った大阪の腹話術師サチコさんはいつの間にかこんなプレゼントを用意してくださいました。 何とまあ気のまわる方・・・ 思いがけないうれしいプレゼントにビックリです!

帰りに隣のパン屋さんに寄りパンを買い込んでホテルに戻り、昨晩宴会をしようとしてできなかったジュースやお茶他食べるものがいっぱいあったのでそれらで朝食代わりとしました。
今日の予定は筋田さんの支援する らい病患者の療養所 と チベット難民キャンプのお宅を訪問する ことです。
10:00過ぎ、チャーターしたホテルのワゴン車で療養所まで行きました。
ハリヨ・カルカというところにある ビカース ネパール というこの療養所は1952年(61年も前)ドイツの方が作ったものだそうです。そんな昔から支援活動をしていた方がいたなんて・・・と驚きました。
筋田さんは、かつてここの職員をしていた車いすの女性と知り合ったことがきっかけで支援をするようになったとか・・・。 主にカメラやパソコン等の備品の支援だそうですが、年に何度も訪れるのでここの方たちとはおなじみのようでした。
施設の中にはリハビリ設備はもちろん、トレーニング室、こどもが授業を受けるための教室、研修室、会議室、教会まであります。

入所者の使用する義足の製作から調整、その他装具類すべてここで作られているそうです。

そのための資格を持った方が何人も常駐していました。

車椅子は使う人に合わせてこのような三輪のものもあります。日本ではあまり見かけない形でしょうか?

整然と片付けられている道具類。 日本では当たり前のことですがネパールではめずらしいそうです・・・!


施設内にはいろいろな花が咲いていましたが、この ネム の美しさは一際目立ちます。

日向ぼっこをする入所者の方に 「写真を撮ってもいいですか?」とネパール語で聞くと 「いいよ」 と言ってくれました。 次回訪問するときにお届けしようと思います。
療養所見学のあと、待っていてくれたホテルの車で アニールモモ(日本料理の店)まで送ってもらい昼食にしました。 車とはここでお別れ。
ゆっくりと食事をとったあと、 チベット難民キャンプ までバスで移動しました。
場所は…というと、ポカラには難民キャンプはいくつもあるそうですが、今日お伺いしたところは以前行ったことのあった デヴィスフォール という観光名所の近くでした。
バスを降りると、筋田さんは 30kgものお米を買い込み、背中にしょってさっさと歩いて行きました。

訪問したお宅では、私が7年も前から飲んでみたいと思っていたバター茶をごちそうになり、そのバター茶でこねて作るというツァンパを初めて自分でこねて作って食べるという経験もさせて頂きました。

素朴な味のするもので、むぎこがし(はったい粉とも言う)とほぼ同じものだそうです。
部屋にはダライラマ14世のこんな言葉が掲げられていました。 難民・・・という厳しい状況に置かれている人たちの心情が察せられ、胸が詰まります。

2時間近くお邪魔したあと、近くの難民バザールに寄りました。
現在この難民キャンプだけで130家族が暮らしているそうです。 そのうちの数家族はこのバザールや近くのおみやげ屋さんでの収入で生活をしているのでしょうか?
私たちはお土産を買うことくらいしかできないけど、みんながんばってね・・・と心で応援することしかできずに帰ってきました。
最近では珍しい屋根までいっぱいの満員バスに出合いました。

私たちもホテルまでバスで帰ることにしたのですが、そのバスは途中までしか行かず仕方なく降りてしばらく歩いてホテルの近くまで戻り、近くのコーヒーショップで一息つくことに・・・。
私は一足先にホテルに戻りシャワーをしたあと、ホテルの屋上からの景色を楽しみました。ヒマラヤ方面もきれいに見えました。
マチャプチャレ

左がアンナプルナⅡで右がラムジュンかな?

フェワ湖の方を見ると桜(ヒマラヤザクラ?)が2本、きれいに咲いていました。

3日目 2013.12.2(月)
またまたツーリストバスに乗ってカトマンドゥに戻ります。 飛行機で帰りたい・・ と言っていた人もいましたが・・・。
6:15分にホテルを出、大通りに出るとすぐにバスパーク方面行きのバスが来たため、タクシーを拾うことなくそのバスに乗ってしまいました。 10分足らずでバスパークです。
お~っ ヒマラヤに朝日が!! 何と素晴らしい・・! なんと神々しい・・!
左・マチャプチャレ 右・アンナプルナⅡだそう・・


バスパークにて朝のお茶を飲み、トイレの済ませ 7:30出発となりました。
途中からもマチャプチャレが大きく見えます。 左はアンナプルナⅠだそう。

新しい家の建築風景 日本では見ることのない、支えが竹なのが印象的です。(香港でも見かけましたが)

休憩所で見かけたバナナ

これがバナナの花

途中で見えたカリガンダキ川 手が写ってるなんぞなんと素人!

マナカマナの入口の門 窓際に座っていたのでうまい具合に撮ることができました。

昼食地点ではレストランには入らず、道路反対側の小さなお店に・・・。
私の好きな サモサ 一個(真ん中の三角のもの) と 魚のから揚げ一個(右) 。 私にはこれくらいで十分・・・。

あとは一路カトマンドゥに向かってひた走り・・・。 でも事故か何かあったらしく途中渋滞もありましたが、少し遅れたくらいでカトマンドゥに到着。
ところが、着いたところが今晩泊まるホテルのあるタメルとはかなり離れたところのニューバスパーク。 ここでタクシーを拾わないといけないのが不便といえば不便!
グリーンラインのバスは車庫(オフィス)がタメルのすぐ近くですのでとても便利でした。 バババスも終点はたぶんニューバスパークと思われます。 そこまで連れていかれそうだったのですが、道路が渋滞して動かなかったのをいいことにタメルに一番近いところで、無理矢理おろしてもらったのを思いだしました。
ホテルに着いたのは午後の4:00を回っていたと思います。 夕食は筋田さんへのお礼も兼ねて少し豪華に・・・ ということで、ドゥワリカホテルのレストランにしました。
古い王族の住まいをホテルにしたもので、旧王宮広場の一部を見ているようで、その豪華な建物、装飾はすばらしいものでした。 中庭ではダンスが始まりました。


建物ごとにいろいろなレストランがありましたが、わたしたちはネパール料理にしました。
レストラン内部

食事の途中でつがれるロキシーはこんな高いところから小さな杯に注がれます。

お食事とおしゃべりを楽しんで9:00頃にはホテルに戻りました。
2013.12/3(火)
この日は大阪から来て下さった方々は帰国の日。 夜遅くの便なので、まる一日買い物をして過ごすことになりました。
タメルのスーパーに寄ったり、本やさんでも小物や写真などを買い、一休み。

サリーを買いたいというマサコさんについて私もご一緒させて頂きました。 よくお似合いです!

インドラチョークでいつも見ていた山盛りのショールのお店での買い物。
すべて、銀杏旅館のミナちゃんがいたためにできた買い物でした。 生地を選んでもらったり値段の交渉までしてもらえましたから・・・。
夕方には、最近できたという たこやきやさんに行ってタコ焼きを食べたりして過ごし・・・。
夜7:00頃には大阪の方々を空港までお送りしてお別れとなりました。
大阪からの方々は日にちがあまりなかったのでゆっくりはできなかったと思うのですが、ボランティアで、世界のあちこちに行っていらっしゃるようです。 頭がさがりますね。
みなさんお疲れさまでした。 そして私のようなお邪魔虫を受け入れて下さったことに感謝いたします。 ありがとうございました。
筋田さんの支援活動を見学させていただくために2泊3日でポカラまで行ってまいりました。
大阪からボランティアでいらっしゃった女性4人と石川県から見えたご夫妻と私の7名、それに筋田さんです。 贅沢ご法度の筋田さんなりの旅のスタイルでした。
1日目 2013.11.30(土)
銀杏旅館を朝6:00に出発。 カトマンドゥ7:00発のツーリストバスでポカラまでの移動です。今まで私がポカラに行くために使ったバスの中で最も安いツーリストバスでした。 往復で1200ルピーだそうです。 こんなに安く行けるバスがあるなんて・・・知らなかったですねぇ!
かつて使ったことのある グリーンラインバス も バババス も2リットルのミネラルウォーターと昼食付で2000ルピーあるいは1700ルピーでしたが、今回のバスは水も食事も付いておりません。すこしでも安く上げたいと思う方にはおすすめです。
食事付きと言っても私のようにあまりたくさん食べない人は無駄のような気もしますし・・・。
途中2回のトイレ休憩と昼食休憩がありました。一回目のトイレ休憩では・・・ 「あれれ? これは?」 壁に沿った溝があるだけ・・・。
どうしたものかと悩んでいると、ネパール人女性がやってきて手本を見せてくれました。 壁の方を向いて溝に向かって3人づつ横並びでしゃがんでおしりを出して・・・。
私は同行の方に、「向こう向きでガードをお願い」と頼んで済ませました。 (大の時はどうするの???) 中国を旅したことのある同行の方々はそう驚いた様子もありませんでしたけれど・・・。
参考までに・・ 昼食地点のトイレはきれいでしたのでご安心を!
昼食地点での風景
ネパール、特にポカラ方面ではこの木をよく見かけます。 面白いな~と思って見ていたのですが、カットしてないものはけっこうぼさぼさ・・・ 日本の松と一緒で、この木なりの美しいカットの仕方があるようです。 名前は アショカ だそうです。

思い思いの食事を摂った後は出発時間までおしゃべりをして過ごしました。

道路わきのこの並木とヒマラヤが見えてくると 「あ~、ポカラが近づいてきたな」 と思います。 正面にうっすらとマチャプチャレが見えます。(ピントはマチャプチャレに合わせるべきでしたネ!)

ポカラは日本で言うと軽井沢のような観光地にあたり、町もとてもきれいで、いつも何かしらの花が美しく咲き、観光客を迎えてくれます。
チンネベリー・センナという花。

南インドのチンネベリーというところに多く自生する常緑低木で葉は乾燥すると緩下剤となるそうです。


夜にこの木の下を通ったら・・・ 暗くても プ~ンといい香りがするので、見えなくてもすぐわかります。 花の名は ナイトクイーン。 納得!

メインストリートにはこの大きな木が並んでいます。 樹齢何百年かと思われるすごいものです。 これはボダイジュの一種ベンガルボダイジュで、ネパール語で バル といいます。 根が伸びてそこから芽が出て一本で森が作れるほどになるそうです。

2日目 2013.12.1(日)
夜明け前の6:30分ころから、フェワ湖に逆さに写るヒマラヤを見よう・・・ と希望者だけでボートに乗りに行きました。 一艇に3人しか乗れないので2組に別れました。 数年前にはなかったライフジャケット・・ 今日は着るように言われみんな身につけました。7:00近くになると大分明るくなってきました。 でもでも・・ それから1時間ほど湖を行ったり来たりしたのですが、残念ながら、ボートに乗っている間には晴れることなくヒマラヤは姿を現してくれませんでした。

その代わりといってはなんですが、ドライバーさんが岸近くにいたカワセミを見つけて教えてくれました。 ドライバーさんもネパール人でしたが、この鳥の名前は キングフィッシャー と英名で言っていました。 漕ぐのをやめて静かにしてくれたのですが、ゆらゆらと揺れるし曇っていて薄暗いせいか、どうしてもちゃんと写真がとれません。 どれもこんなボケボケ・・・。 お許しを。

ボーティングのあと、庭にこんなオブジェのあるレストランまで行き、湖を眺めながら朝のお茶を頂きました。



そうこうしているうちにヒマラヤが顔を出してきました! 左はアンナプルナメインピークだそうで 右は私もよく知っているマチャプチャレです。

1時間も談笑しているうちに、今回のメンバーの中に 12月生まれの人 が 4人 もいると知った大阪の腹話術師サチコさんはいつの間にかこんなプレゼントを用意してくださいました。 何とまあ気のまわる方・・・ 思いがけないうれしいプレゼントにビックリです!

帰りに隣のパン屋さんに寄りパンを買い込んでホテルに戻り、昨晩宴会をしようとしてできなかったジュースやお茶他食べるものがいっぱいあったのでそれらで朝食代わりとしました。
今日の予定は筋田さんの支援する らい病患者の療養所 と チベット難民キャンプのお宅を訪問する ことです。
10:00過ぎ、チャーターしたホテルのワゴン車で療養所まで行きました。
ハリヨ・カルカというところにある ビカース ネパール というこの療養所は1952年(61年も前)ドイツの方が作ったものだそうです。そんな昔から支援活動をしていた方がいたなんて・・・と驚きました。
筋田さんは、かつてここの職員をしていた車いすの女性と知り合ったことがきっかけで支援をするようになったとか・・・。 主にカメラやパソコン等の備品の支援だそうですが、年に何度も訪れるのでここの方たちとはおなじみのようでした。
施設の中にはリハビリ設備はもちろん、トレーニング室、こどもが授業を受けるための教室、研修室、会議室、教会まであります。

入所者の使用する義足の製作から調整、その他装具類すべてここで作られているそうです。

そのための資格を持った方が何人も常駐していました。

車椅子は使う人に合わせてこのような三輪のものもあります。日本ではあまり見かけない形でしょうか?

整然と片付けられている道具類。 日本では当たり前のことですがネパールではめずらしいそうです・・・!


施設内にはいろいろな花が咲いていましたが、この ネム の美しさは一際目立ちます。

日向ぼっこをする入所者の方に 「写真を撮ってもいいですか?」とネパール語で聞くと 「いいよ」 と言ってくれました。 次回訪問するときにお届けしようと思います。

療養所見学のあと、待っていてくれたホテルの車で アニールモモ(日本料理の店)まで送ってもらい昼食にしました。 車とはここでお別れ。
ゆっくりと食事をとったあと、 チベット難民キャンプ までバスで移動しました。
場所は…というと、ポカラには難民キャンプはいくつもあるそうですが、今日お伺いしたところは以前行ったことのあった デヴィスフォール という観光名所の近くでした。
バスを降りると、筋田さんは 30kgものお米を買い込み、背中にしょってさっさと歩いて行きました。

訪問したお宅では、私が7年も前から飲んでみたいと思っていたバター茶をごちそうになり、そのバター茶でこねて作るというツァンパを初めて自分でこねて作って食べるという経験もさせて頂きました。

素朴な味のするもので、むぎこがし(はったい粉とも言う)とほぼ同じものだそうです。
部屋にはダライラマ14世のこんな言葉が掲げられていました。 難民・・・という厳しい状況に置かれている人たちの心情が察せられ、胸が詰まります。

2時間近くお邪魔したあと、近くの難民バザールに寄りました。
現在この難民キャンプだけで130家族が暮らしているそうです。 そのうちの数家族はこのバザールや近くのおみやげ屋さんでの収入で生活をしているのでしょうか?
私たちはお土産を買うことくらいしかできないけど、みんながんばってね・・・と心で応援することしかできずに帰ってきました。
最近では珍しい屋根までいっぱいの満員バスに出合いました。

私たちもホテルまでバスで帰ることにしたのですが、そのバスは途中までしか行かず仕方なく降りてしばらく歩いてホテルの近くまで戻り、近くのコーヒーショップで一息つくことに・・・。
私は一足先にホテルに戻りシャワーをしたあと、ホテルの屋上からの景色を楽しみました。ヒマラヤ方面もきれいに見えました。
マチャプチャレ

左がアンナプルナⅡで右がラムジュンかな?

フェワ湖の方を見ると桜(ヒマラヤザクラ?)が2本、きれいに咲いていました。

3日目 2013.12.2(月)
またまたツーリストバスに乗ってカトマンドゥに戻ります。 飛行機で帰りたい・・ と言っていた人もいましたが・・・。
6:15分にホテルを出、大通りに出るとすぐにバスパーク方面行きのバスが来たため、タクシーを拾うことなくそのバスに乗ってしまいました。 10分足らずでバスパークです。
お~っ ヒマラヤに朝日が!! 何と素晴らしい・・! なんと神々しい・・!
左・マチャプチャレ 右・アンナプルナⅡだそう・・


バスパークにて朝のお茶を飲み、トイレの済ませ 7:30出発となりました。
途中からもマチャプチャレが大きく見えます。 左はアンナプルナⅠだそう。

新しい家の建築風景 日本では見ることのない、支えが竹なのが印象的です。(香港でも見かけましたが)

休憩所で見かけたバナナ

これがバナナの花

途中で見えたカリガンダキ川 手が写ってるなんぞなんと素人!

マナカマナの入口の門 窓際に座っていたのでうまい具合に撮ることができました。

昼食地点ではレストランには入らず、道路反対側の小さなお店に・・・。
私の好きな サモサ 一個(真ん中の三角のもの) と 魚のから揚げ一個(右) 。 私にはこれくらいで十分・・・。

あとは一路カトマンドゥに向かってひた走り・・・。 でも事故か何かあったらしく途中渋滞もありましたが、少し遅れたくらいでカトマンドゥに到着。
ところが、着いたところが今晩泊まるホテルのあるタメルとはかなり離れたところのニューバスパーク。 ここでタクシーを拾わないといけないのが不便といえば不便!
グリーンラインのバスは車庫(オフィス)がタメルのすぐ近くですのでとても便利でした。 バババスも終点はたぶんニューバスパークと思われます。 そこまで連れていかれそうだったのですが、道路が渋滞して動かなかったのをいいことにタメルに一番近いところで、無理矢理おろしてもらったのを思いだしました。
ホテルに着いたのは午後の4:00を回っていたと思います。 夕食は筋田さんへのお礼も兼ねて少し豪華に・・・ ということで、ドゥワリカホテルのレストランにしました。
古い王族の住まいをホテルにしたもので、旧王宮広場の一部を見ているようで、その豪華な建物、装飾はすばらしいものでした。 中庭ではダンスが始まりました。


建物ごとにいろいろなレストランがありましたが、わたしたちはネパール料理にしました。
レストラン内部

食事の途中でつがれるロキシーはこんな高いところから小さな杯に注がれます。

お食事とおしゃべりを楽しんで9:00頃にはホテルに戻りました。
2013.12/3(火)
この日は大阪から来て下さった方々は帰国の日。 夜遅くの便なので、まる一日買い物をして過ごすことになりました。
タメルのスーパーに寄ったり、本やさんでも小物や写真などを買い、一休み。

サリーを買いたいというマサコさんについて私もご一緒させて頂きました。 よくお似合いです!

インドラチョークでいつも見ていた山盛りのショールのお店での買い物。

すべて、銀杏旅館のミナちゃんがいたためにできた買い物でした。 生地を選んでもらったり値段の交渉までしてもらえましたから・・・。
夕方には、最近できたという たこやきやさんに行ってタコ焼きを食べたりして過ごし・・・。
夜7:00頃には大阪の方々を空港までお送りしてお別れとなりました。
大阪からの方々は日にちがあまりなかったのでゆっくりはできなかったと思うのですが、ボランティアで、世界のあちこちに行っていらっしゃるようです。 頭がさがりますね。
みなさんお疲れさまでした。 そして私のようなお邪魔虫を受け入れて下さったことに感謝いたします。 ありがとうございました。