kaeruのつぶやき

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ある『資本論』翻訳、実は……。

2015-11-11 23:37:55 | kaeruの『資本論』

今日の「資本論講読会」のことですが、四人の持ってくる本がみんな違う出版社から出ているものもので、Aさんは青木書店の長谷部文雄訳、Iさんが岩波書店で向坂逸郎訳、Oさんの大月書店は岡崎次郎訳です、私のは新日本出版社で「資本論翻訳委員会訳」となっています。

講読会のやり方は一定のページ数毎に担当者が「説明」をするわけですが、何ページのどこそこというわけにいかないので、文中の「注」に付けられている数字を頼りに該当個所を示すことにしています。

当然のことですが、内容的には同じでも表し方が違います。その違いが面白いので本を見せ合って該当部分がどう言い表されているのか比べみます。「原文はどうなっているの?」という話が出て、昨日のGoogle Booksのことを思い出しました。タブレットを持っていなかったので見ることができませんでしたが、次の機会にはその場で原文照会をやって見ようと思います。多分ドイツ語の分かる人もいるでしょう。

さて帰宅して蔵書整理の際、棚の奥にあったこの本を開いてみました。

岡崎次郎、大月書店の『資本論』の訳者ですが、中を拾い読みをしたら岩波書店のものも向坂逸郎訳となっていますが内実は共訳というより岡崎訳だったようです。

ようです、というのはこの話は1950年くらいの時のことだからです。

当初、向坂から岡崎に翻訳の話がきたとき『すでに第一分冊は向坂の手でできているので名義はずっと向坂訳とする。しかし、第ニ分冊以下は向坂と岡崎とが代わる代わる適当な分量でやる~、印税は折半」ということになっていたそうです。

ところが「岡崎訳」の第二分冊ができてみると、訳者「あとがき」に「この第二分冊の第三篇からは岡崎次郎氏に下訳(付点あり)をしてもらうことにした」といつの間にか下働にされ、その後は「交代訳」の話はなくなり「下訳」という「全訳」を「私(岡崎)がやり、向坂はその原稿かまたは校正刷に目を通すだけ、ということになってしまった」のだそうです。にもかかわらず「印税二等分」は変わらずだったとこの本に書かれています。

今は私の手元にある岩波文庫『資本論』1969年発行の第二分冊には「訳者あとがき」は無く「下訳」を確かめることはできません。