中島みゆきの歌が
いまの私の胸には痛すぎる
週刊現代に掲載された、「中島みゆき」の特集記事でコメントしました。
映画監督の瀬々敬久(ぜぜたかひさ)さん、女優の柴田理恵さんなどが、中島みゆきの「この1曲」と「エピソード」を語っています。
以下は、私の部分の抜粋です。
いまなお、みゆきの曲が人生の指針になっている人は少なくない。
メディア文化評論家の碓井広義さん(68歳)にとって『ヘッドライド・テールライト』がそんな一曲だ。
「私は’81年からテレビプロデューサーとしてドキュメンタリーやドラマを作っていました。’94年からは番組制作の傍ら、大学でメディア文化論などを講義するようにもなりました。それが仕事を並行するうちに、本格的にテレビに関する学術的研究や教育を行いたくなった。そんな時期に発売されたのがこの曲でした」
制作サイドから学問の世界へ軸足を移すのは容易なことではない。どちらも「テレビ」に関わるという点では同じだが、職業としてはまったくの別物だ。20年近く続けてきたプロデューサー職を手放して大丈夫なのだろうか――。碓井さんの心は不安、躊躇い、執着で埋め尽くされていた。
迷う自分を奮い立たせるため、当時よく見ていた番組がNHKの『プロジェクトX~挑戦者たち~』(NHK)だ。内容は然ることながら、エンディングテーマが胸に刺さった。『ヘッドライト・テールライト』である。
「将来や未来をテーマに歌う曲は多いですが、この曲は過去にもちゃんと光を当てているんです。〈行く先を照らすのはまだ咲かぬ見果てぬ夢〉という歌詞からは、『自分がやってみたいこと』をヘッドライトが遠く照らしていることがわかります。
一方で〈遥か後ろを照らすのはあどけない夢〉とも歌っている。自分が歩んできた道を捨てるのではなく、その過去をテールライトで光を当てることも大切であると受け取りました。そして最後に〈旅はまだ終わらない〉とあるのも心に深く突き刺さってきます。
中年を過ぎると、自分の実績に執着してしまうものです。この曲は、そんな人たちを叱ったりせずに『執着するのは当然だし、その過去も大事にしながら挑戦していきなさい』と背中を押してくれた気がしたんです」
それから碓井さんはテレビ業界から引退、北海道に新設されたばかりの大学に専任の教員として身を置いた。約20年間の研究生活を経て、3年前に上智大学を定年退職。現在は評論家として第三の人生を送っている。
「いまもしばしば『ヘッドライト・テールライト』を聴いています。『挑戦をやめてはいないか?』と常に自分に問いかけてくれる大切な曲です」
(週刊現代 2023.7.29/08.05合併号)