「週刊新潮」に寄稿した書評です。
沢木耕太郎『心の窓』
幻冬舎 1100円
本を開くと、左ページに著者が旅先で撮った一枚の写真がある。ハワイの浜辺を歩く母と娘の遠景。スペインのコルドバの路地裏で見かけた男の後ろ姿などだ。右ページには短い文章が置かれている。それは写真の説明でも、いわゆる回想でもない。旅をしていた著者と現在の著者が交差する瞬間に立ち会う、不思議な味わいのエッセイだ。読み進めるうちに、旅の同行者になっていることに気づく。
瀬川裕司
『「カサブランカ」偶然が生んだ名画』
平凡社 3740円
映画『カサブランカ』が米国で公開されたのは1942年11月。真珠湾攻撃から約1年後だ。80余年を経た現在も「名画」として愛され続けているが、本書はその事由を探る一冊だ。原作となった戯曲『誰もがリックの店に来る』。映画ならではの構成と工夫の数々。俳優や製作者など関係者たちの動向。さらに、その後の映画界への影響についても言及する。そこには、どんな「偶然」があったのか。
米田彰男『イエスは四度笑った』
筑摩書房 1870円
神学者である著者は、前著『寅さんとイエス』で「ユーモアの塊だった」イエスを描き出した。しかし、キリスト教の正典である4つの福音書には、イエスの怒り・苦しみ・悲しみ・喜びは記されていても、ストレートな「笑い」は登場しないのだ。著者は正副福音書と併せて1970年代に発見された『ユダの福音書』を検証することで、実は「大いに笑った」という新たなイエス像に迫っていく。
(週刊新潮 2024.07.04号)