
時を重ねて大きな山に

小学校時代に勤務した頃、百人一首に取り組んでいました。中学校勤務時代には、野球部の顧問をしていました。そこで生徒たちに伝えていたことがありました。百人一首に取り組むのは、生徒を担任してからです。子どもたちは「0からのスタート」です。
1学期中に百首を覚える、2学期中には下の句から上の句が言える・・・3学期は実践練習です。一定の生徒だけでなくみんなを達成させていくといかなければ意味がありません。3学期にはいろんな大会があります。
列車に乗っていきながらみんなで転戦をしました。
取り組む前はお家の方と百人一首をしたときに、お家の方が強い場合がありました。しかし、1学期も中盤になると、もう子どもにはかなわなくなります。言いたいことは、一日の進歩はほんのわずかですが、その努力が積み重なったら大きな力となります。
その実感をして欲しいということも取り組もうとする重要な要因でした。

中学校の野球も同じです。当時は、小学校時代に野球をしてきた生徒は1人か2人でした。ほとんどの生徒が中学校から野球を始めました。キャッチボールからの練習です。
この生徒たちが小学校から野球をしてきているチームと対等に試合をするためには、日々の練習と効率的な練習の積み重ねをしなければなりません。
野球を始めたときは、他のサッカー部の生徒の方が上手な場合もありました。しかし、2ヶ月、3ヶ月となると、もうサッカー部もかないません。つまり日々の練習の成果です。
小さな力の積もりが大きな力に変化しています。
さらにそれが効率性を高めると、都市部のチームにも勝つことになります。別府にある強豪の私立中学校にも、最初はかなわないことがありましたが、勝つ試合も出てきました。

「継続は力なり」と言いますが、継続することが成長の基本です。小さな一歩でも毎日一歩ずつ歩けば、100日で100歩先に行っています。
今日、夏休みの課題を終わらせるためにたくさんの生徒たちが学習に学校に来ていました。
三光中学校では「90分以上学習(モア ザン ナインティ」」と言いますが、まったく毎日学習をしていない生徒がいたとします。毎日90分学習する生徒がいたとします。100日経ってもかたや0分です。90分した生徒は9000分です。当然、力が違います。
9000分という経験をしているのです。そこで0分の人は、「あの人は頭がいいから。」と経験の違いを能力に責任を転嫁します。生徒たちにも継続的な学習をして、自分のめざす進路を実現させて欲しいと願っています。