内的自己対話-川の畔のささめごと

日々考えていることをフランスから発信しています。自分の研究生活に関わる話題が多いですが、時に日常生活雑記も含まれます。

冬の海の黄昏時の微光の中に響く鴨の声 ― 共感覚の詩的創造 桃青句鑑賞(3)

2014-11-05 18:20:53 | 詩歌逍遥

海暮れて鴨の声ほのかに白し

 昨日同様、『野ざらし日記』の中の一句。詞書に「海辺に日暮らして」とあるから、その日一日海辺で過ごした上での句である。場所は尾張の国の熱田。深川の草庵を旅立ってから約四ヶ月がたった貞享元年(一六八四)十二月十九日の作。
 どの注釈書も指摘するように、この破調は詩的効果において決定的。「ほのかに白し鴨の声」では、とたんにイメージに奥行と神秘性が失われ、理屈を述べているような句になってしまう。冬の寒い海の上に広がる微光の中、辺りが薄明に沈もうとしているとき、鴨の鳴き声が潮騒を背景に響く、その情景全体が「ほのかに白し」という共感覚的印象を与える。それは単に聴覚と視覚との間のそれだけではなく、寒さを肌で感じつつある皮膚感覚もそこには含まれているのではないであろうか。そうであるとすれば、芭蕉がそこに立つ有情の情景全体のほのかな白さの中に鴨の声も融合していると言うべきだろうか。