本書は、1995年に博品社から出版され、2012年に講談社学術文庫として再刊された(私が参照しているのは、2017年2月刊行の電子書籍版)。
独語原著は、1950年に遺稿として出版された、Das allmächitige Leben, Christian Wegner Verlag, Hamburg である。原著の表題は、直訳すれば、『全能なる生命』ということになる。訳者たちの判断で、邦訳の表題は『生命の劇場』とされた。理由は、訳者たちによれば、「総譜という音楽的な構成計画に従って生のドラマが演じられるという、生物の世界への演劇的なアプローチが本書に窺われるから」である(「訳者あとがき」より)。
本書は、対話の形式をとっているが、そこに登場するのは、大学理事(フォン・K氏)、宗教学者(フォン・W氏)画家、動物学者、生物学者の5名である。この内、直接に論戦が交わされるのは動物学者と生物学者のあいだであり、ここで生物学者はおそらくユクスキュル自身の見解(環世界論)を示し、動物学者はそれに対立する(機械論)を代表している。宗教学者と画家は、それぞれの立場から、基本的には生物学者の見解を補強する役割を担っている。そして大学理事は、同じく基本的には生物学者の見解に同意しつつも、対話のまとめ役として、全体の議論を調整・総合する働きを示している。全体として、ユクスキュルにとって、「生命に関する長年の思索の総決算」と見なすことができる(「学術文庫版のあとがき」より)。
本書は、個々の個体の生命を生かしかつそれらを超え包む〈生命〉についての学問的思索へと私たちを招いている。
ユクスキュルの機械論的生命観批判は、サイバネティクスやシステム理論に引き継がれている。そのサイバネティクスとの批判的対話を通じて自らの理論を形成したシモンドンがユクスキュルに講義の中で何度か言及しているのは、だから、偶然ではない(特に、Communication et information, PUF, 2015(Les Editions de La Transparence, 2010) に収録された 1968年の講義 « Perception et modulation » 参照)。