昨年大ヒットした映画の一つ『君の膵臓を食べたい』を最初に観たのは昨年末の帰国便の中でだった。いい映画だと思った。今年の一月には日本版のブルーレイも購入して、以来ときどき観る。今回は、授業で使うために、昨日もう一度全編を特に言葉遣いの細かいところに注意して観た。
授業では、決して本人の名前で相手を呼ばずに「君」と呼びかけ続ける微妙な距離感に注意を促すなど、一つ一つの言葉がよく選ばれて使われていることを特に話題にした。
タイトルはそれだけで十分にインパクトがあるけれど、タイトル中の助詞「を」を別の助詞に置き換えることが文法的にはできるが、それは何ですか、と学生たちに聞いたら、即座に「が」という正解が返ってきた。では、この文で「を」を「が」に入れ替えると、どのように意味が変わりますか、と聞くと、返事が返ってこない。ちょっと難しかったようだ。
しかし、たとえ文法的には可能でも、ここは「が」では駄目なのだ。それでは台無しになってしまう。「が」を入れてしまうと、「何が食べたいか」という問いに対する答え、あるいは、そうではない場合でも、食べたい対象が主語として前面に押し出されてしまう。ところが、主人公の春樹は、「僕は君になりたい」という表現の代わりに「君の膵臓を食べたい」と桜良にメッセージを送ったのだから、膵臓そのものが願望の対象ではない。「君の膵臓を食べる」=「君になる」という等式が成り立つかぎりおいて、この表現は、オリジナルな愛情表現たりえている。したがって、ここの「を」を「が」に置き換えることはできない。