内的自己対話-川の畔のささめごと

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中世の絵師たちが描かなかったもの ― 不在の理由を問う歴史学的アプローチの魅力

2018-11-17 13:05:46 | 読游摘録

 網野善彦が一般読書界における人気という点で日本中世史のいわゆる大スターであったことには誰も異論はないであろう。その代表作としてよく紹介されるのは、『無縁・公界・縁』であり、実際同書は「学術書としては抜群のベストセラーになった」(平凡社ライブラリー増補版(初版1996年)の笠松宏至の「解説」、378頁)。手元にある同書2013年版でさえ第20刷である。実に息の長いベストセラーである。
 ところが、呉座勇一氏によると、中世史学界の専門家たちの網野史学の評価は、一般読書界のそれと大きく異なっていたらしい。三日前の記事で紹介した『日本の中世に何が起きたか』の解説の終りの方にはこう記されている。

 実は、中世史学界において高く評価されている網野の業績は、『蒙古襲来』(一九七四年)、「中世都市論」(一九七六年)、『中世東寺と東寺領荘園』(一九七八年)であり、ベストセラーとなった『無縁』は論理の飛躍が著しいとして激しく批判された。一九八八年から九七年にかけて網野が熱中した中世「資本主義」論に対しては、突飛すぎる議論として『無縁』以上に冷ややかかな視線が浴びせられた。一方、他分野の研究者、文化人は、中世「資本主義」論をはじめとする後期網野史学の絢爛さに魅了され、網野は彼らと数々の対談本を出した。(268-269頁)

 笠松氏も『無縁』の「解説」で、同書に対して「学会の主流の反応はむしろ批判的であり、ある研究者のごときは、この本の絶版をさえ迫ったと聞いた」と記している(同頁)。『無縁』が前期網野史学の代表作とすれば、『日本の中世に何が起きたか』は、後期網野史学の代表作である。上掲の学界内の評価はともかく、最初の文章「序にかえて」を読んだだけで、私はハッとされられた。
 網野は、子どものころ、昆虫採集が好きで、よく山野をかけまわったそうだ。そのせいか、中世絵巻物に虫がほとんど姿を見せないことが大変気になった。とくに蝶。絵師たちはなぜその美しさに目をとめなかったのか。『法然上人絵伝』で一ヵ所見た覚えはあるが、紋様にはしばしば用いられるにもかかわらず、絵巻物には蝶がほとんど現れないのはなぜかと網野は問う。
 絵巻物における蝶の不在というこの問題に対して、網野自身は、「おそらくこれは、蝶がそのころ人の魂と考えられ、むしろ不吉とされていたからではないか。人々はその美しさに、かえって人ならぬもののおそろしさを感じていたのではあるまいか。事実、東国では黄蝶の群舞するのは、「兵革の兆」とされていたのである」として、注に『吾妻鏡』の三条を根拠として挙げている。
 黒田日出男は、『[増補] 絵画史料で歴史を読む』(ちくま学芸文庫)でその三章を割いて『一遍聖絵』の歴史的解読を展開している。その末尾に、「『一遍聖絵』は、どの場面を読んでいても、謎がうまれてくる希有な絵巻物です。ここに示した聖なる動物も、その一つにすぎません。私の『一遍聖絵』の読解は、はてしない旅となるように思われてなりません」(104頁)と記している。
 もちろん、描かれているものをめぐる謎を解く作業にも興味が尽きないが、描かれなかったものについてその理由を追求するというのも、実に示唆的な問題意識・アプローチではないかと、また一つ、網野史学から自分の研究のためのヒントをいただいたことをありがたく思っている。