内的自己対話-川の畔のささめごと

日々考えていることをフランスから発信しています。自分の研究生活に関わる話題が多いですが、時に日常生活雑記も含まれます。

疲れたときには辞書を読む

2020-02-20 23:59:59 | 読游摘録

 心が疲れているときは、頭もよく働かない。知解のために長時間集中することが要求される書物を読むことも難しい。そんな書物に三方囲まれて暮らしていると、心の調子がよくないときはほんとうに息苦しくなる。好きな作家の小説やエッセイを読んでも楽しめない。評判の映画やドラマを観ても面白くない。
 そんなときは辞書を読む。電子版ではだめだ。手に取って辞書の重量と紙質を感じることも必要だからだ。古語辞典を選ぶことが多い。ここ数年のお気に入りはこのブログでも何度か言及したことがある『古典基礎語辞典』(大野晋編 角川学芸出版 2011年)だ。適当に頁をめくって目についた言葉の語釈・用例をゆっくりと繰り返し読む。そうしていると少しずつ荒れた心が鎮まっていく。

いくばく【幾可・幾許】副
解説 イクは、イクカ(幾日)・イクツ(幾つ)など、不定の数量を表すイク。バクはソコバクのバクに同じで、程度を表す。また、係助詞モの付いた「いくばくも」の形で下に打消の語を伴い、「いくらも(…ない)」など、数量が少ないことを表す用法も多く用いられる。
語釈 いくらぐらい。どのくらい。 ▷「わが背子と二人見ませば幾許かこの降る雪の嬉しからまし」〈万葉一六五八〉。

 用例の万葉歌は巻第八巻末冬相聞九首中の一首で光明皇后が夫聖武天皇に奉った歌。東国巡幸で不在の天皇を想って平城京で詠まれたと推察される。天平十二年(七四〇)から十三年にかけての冬の詠か。第三句原文は「幾許香」。岩波文庫版の注には「漢文訓読調の硬い表現であったかも知れない」とある。伊藤博『萬葉集釋注』は「皇后であることを捨てて一人の女性になりきっているところに、やさしくて可憐な姿がある」と評す。天平十二年冬の歌と見れば、皇后は時に四十歳であった。