昨日話題にした中井正一『美学入門』(中公文庫 2010年)第二部「美学の歴史」「四 時間論の中に解体された感情」の中の「永遠の一瞬」と題された節に、山本安英の『鶴によせる日々より』からの引用があります(137-138頁)。それはもうこの上なく美しい文章です。今日は、とにかくそれをお読みいただければ幸いです。ただただ、「ああ、ほんとうに美しいですね」―― そういう感情を分かち合いたいのです。
「しんとした空気の中に、さらさらという流れの音にまじって、何やら非常に微かな無数のさざめきが、たとえばたくさんの蚕が一勢に桑の葉を食べるようなさざめきが、いつの間にかどこからともなく聞えています。
知らないうちに流れのふちにしゃがみこんでいた私たちが、ふと気がついてみると、そのさざめきは、無数の細いつららの尖からしたたる水滴が、流れの上に落ちて立てる音だったのです。そう思ってそこを見ると、その小さい水玉たちは、僅か三、四寸の空間をきらめいて落ちて行きながら、流れている水面にまた無数の微かな波紋を作って、この美しい光の交響楽は、ますますせんさいに捉えがたいせんりつを織り出しているのでした。そうしてその、きらめきわたる光りの帯をとおして、澄み切った水の底に、若い小さい芹の芽の浅緑が驚くほどの鮮かさでつつましく見えていました。」