内的自己対話-川の畔のささめごと

日々考えていることをフランスから発信しています。自分の研究生活に関わる話題が多いですが、時に日常生活雑記も含まれます。

日々の哲学のかたち(22)― アリストテレス『ニコマコス倫理学』日本語訳の水準の高さについて

2022-06-28 17:25:31 | 哲学

 私ごときが付けるつまらぬ感想は蛇足以下の代物ですし、優れた日本語訳とそれに付された訳注とを読むほうがいいに決まっているので、明日以降何日か日本語訳を掲載するにとどめ、それを読んでご興味を持たれた方は、続きをご自身でお読みになってください。他の古典を引用したときにも繰り返して申し上げてきましたが、読んで損することは絶対にありません。それだけは保証します。
 私の手元にある二つの日本語訳、岩波文庫版と光文社古典新訳文庫版はいずれも電子書籍版ですが、やはり紙版を手に持って読みたいですね。光文社版の渡辺邦夫氏による「訳者あとがき」には、さらに三つの訳が挙げられています。岩波書店のアリストテレス全集13の加藤信朗訳(1973年)、同じく岩波書店から刊行された新アリストテレス全集の神崎繁訳(2014年)、京都大学学術出版会から2002年に刊行された朴一巧訳です。
 光文社版の「訳者あとがき」から上掲四訳の評言を引いておきましょう。日本におけるアリストテレス研究の長い伝統とその水準の高さがよくわかります。

京都大学学術出版会の朴一巧訳は名手の翻訳で、完成度が高く正確だと感じることが多かったものです。アリストテレスの訳文として匹敵する水準と正確さとを目指しました。

最新の神崎繁訳はわれわれ二人ともに親しい先輩研究者の訳で、長年の研鑽を感じさせる同訳の新アイデアについて、対応する解釈を考え、訳文にも反映させました。

加藤信朗訳は、わたしが大学生であった頃出会って衝撃を受けたものです。耳から入る日本語文の本格的哲学をつくろうという野心的な試みです。わたしも、いつか自分が訳す時には、言葉と心の深層に根ざす実践哲学という、同じ志のもとで訳そうと思いました。本訳が加藤先生の長年の学恩に少しでも報いるものであるなら、望外の喜びです。

最初の日本語訳である高田三郎訳は、正確さと訳注の水準の高さにおいて、その後の邦語研究すべての礎となった、尊敬すべき業績です。高田先生が何回も訳文と訳語を考え直し、そして最終的に決定版としたものが現在の岩波文庫版である、と人づてに聞いたことがあります。アリストテレスの単刀直入な誠実さを、間違いのまったくない、可能な改善をつくした形で日本語にするという作業は、他の多くの難解な哲学書の場合とも異なる、持続的で繊細な努力を必要とします。高田先生が倦むことなく一生を翻訳の改善にささげられたように、われわれも今後努力を重ねたいと思っています。