『鎖国論』の論旨を池内氏の紹介に沿って見ていく。ところどころに私見を挿入する。
ケンペルは、『鎖国論』の冒頭で、全人類共通の故郷である地球において、人々が互いに往来し、結び合い、助け合うことこそが正道であることを強調する。
その上で、日本の鎖国政策とそれに伴う厳しい処罰を批判する。外国と通商することを禁じ、住民を囚人のように領内に閉じ込め、暴風で外国の浜に漂着し、帰国した住民を獄につなぎ、国を出た者は磔にし、日本に漂着した外国人をも獄に投じるというありさまで、神が配慮する人々の自由で友好的な交流の推進を拒否しており、断罪すべきだという。つまり、『鎖国論』は、「日本の鎖国は許されざる悪行」という原則論の提示から始まっている。
しかし、この冒頭の原則論は本論でそれを論破するためにこそ提示されている。志筑もこの点について、「(ケンペルは)鎖国には理がないかのように述べている。このような天下が一体となって互いに相交わるべきとの論は、西洋の人々が普通に言っていることであり、ケンペルは実は次の段のことを言いたいがために特に持ち出したもので、自分で問題を投げかけて自分で反論しようとしているのだ」と註を付している。
この註からわかることは、志筑は、西洋に行われている普遍主義的思考の存在を認めた上で、それが必ずしも例外なく適用されうるものではないとする点においてケンペルの立場を支持しているということである。
事実、ケンペルは、原則論を提示した直後に、次のように述べている。
地球上では各地で風土が異なり、複数の民族がそれぞれ独自の生活を営んでいる。そのとき、どの民族も皆それぞれの領地内で満足して生きており、自然の恵みによって自給自足できていて交易を必要とせず、文化も十分発展しているのなら国境を開く必要はない。わざわざ国を開いて、異国の悪徳や暴力の悪影響を受ける理由はないからだ。
そして、この撰択が正当化されうる論拠を日本の場合に即して提示していく。ケンペルの議論の構成は以下のようになっている。
(1)一般論・理想論として人類は助け合って共存すべきとする原則論から、それに反する鎖国を否定する。
(2)この原則論に対して、条件次第では鎖国するほうが良い撰択である場合があるという反論を提示する。
(3)日本はその条件を満たしている稀な国であることを論証する。
このような議論の構成によって、鎖国政策を擁護すべく、日本の地理的条件、産業・商業活動の隆盛、法規制の厳格な適用等について、日本が自足・自律した国家たり得ていることをケンペルは順次論証していく。
ただ、ケンペルが日本人の欠点として挙げている点も無視することはできない。その欠点とは、「知者をもって不足なりとせん」、つまり精神的素養(哲学研究)が欠けていることである。具体的には、「神の哲理や音楽や数学を知らないままである」とケンペルは指摘している。
この欠点の指摘は必ずしも正鵠を射ているとは言えないが、日本思想史における形而上学的思考の貧困は認めざるを得ないだろう。