昨日の記事でジャック・ル=ゴフについてアナール学派の「第三世代」という表現を使ったが、出典を示すのを忘れた。直接の出典は、マルク・ブロック『比較史の方法』(講談社学術文庫、2017年)の高橋清徳氏による訳者解説である。この本の紙版(私が所有しているのは電子書籍版)、全体で136頁だが、その三分の二近くを訳者解説が占めている。方法論的観点からみたフランス史学史におけるブロックの位置づけ、ブロックのいう比較の方法、特にその論理的性格についての詳細な論述は大変勉強になる。「第三世代」という表現には後注が付いており、出典は Traian Stoianovich, French Historical Method: The Annales Paradigm, with a foreword by Fernand Braudel, Ithaca, Cornel University Press, 1976, p. 46 であることがわかる。
当のブロックの原文 « Pour une histoire comparée des sociétés européennes », Revue de synthèse historique, décembre 1928, pp. 15-50 はフランス国立図書館の電子図書館 Gallica で読むことができる(こちらのリンクが同論文の最初の頁。後続の頁も本文の左側に縦に示された当該頁をクリックすれば閲覧できるし、ダウンロードもできる)。同論文が収められた紙版の書籍で入手しやすいのは、Marc Bloch, L’Histoire, la Guerre, la Résistance, Gallimard, « Quarto », 2006 である。
二宮宏之氏の『マルク・ブロックを読む』(岩波現代文庫)は、昨日紹介したブロックの『歴史のための弁明―歴史家の仕事』について二十数頁にわたって解説している。以下、そこから摘録する。ただし、本文をそのまま引用するのではなく、内容を要約する。
『歴史のための弁明』は一九四一年から四三年に書かれたと推測される。四三年にブロックは対独レジスタンスの地下活動に入り、翌年六月ゲシュタポによって銃殺されてしまう。そのような過酷な状況下で本書は書き継がれ、未完に終わる。
ブロックはこの書物において、歴史学批判に対して申し開きをしようとしたのではなく、歴史学とは本来どういうものであるかについて、自分の考えを積極的に主張している。
この本の序文は、ある少年が歴史家である父親に対して投げかけた「パパ、歴史はいったいなんの役に立つの、さあ、ぼくに説明してちょうだい」(« Papa, explique moi donc à quoi sert l’histoire. »)という問いで始まる。ブロックは、この「幼い問いかけ」に本書全体で真正面から真剣に立ち向かい、答えようとする。
しかし、ブロックはこの書物のなかで模範解答を書いてみせたのではない。「むしろ決定的な答えは出せないにもかかわらず、常にそこに立ち戻っていかなければならないところにこそ、このような根源的な問いの意味がある」ことを二宮氏は強調する。
ブロックは、人間の生き方と歴史はどのような関係を持ちうるかを考えていく。一般の人びとが歴史にひきつけられるのは、学問的な知識欲以前に、そこに物語の面白さ、独特の美的な愉楽を見出すからで、この否定しがたい魅力を大切にしなければならない。「われわれの学問からこうした詩的な部分を取り去らないように注意しよう」(« Gardons-nous de retirer à notre science sa part de poésie. »)とブロックは訴える。
その上でブロックは、こうした感性に訴える歴史叙述の機能は、知的関心を充足させることと矛盾するものではなく、またその知的関心も単に知識を獲得するというよりは、諸現象のあいだに説明的な関係を見出す「理解可能性」intelligibilité の追究なのだという重要な指摘をする。ブロックにとって歴史叙述とは、「特異なものを知る喜び」(« volupté d’apprendre des choses singulières »)を読者に与えるだけではなく、多様な現象のあいだに相互連関を読み取り、そこにひとつの理解可能な社会的図柄を描出する試みであり、それはまことにスリリングな精神の営みである。