こころとからだがかたちんば

YMOエイジに愛を込めて。

2011年7月24日 日曜日 EP-4・佐藤薫との再会・2

2011-07-24 14:01:31 | 想い出かたちんば
1983年にEP-4の「昭和大赦」(原題「昭和崩御」がアウトとなった)を聴いたが、自分には駄目だった中、一方では同時にカセット・ブック「制服・肉体・複製」が発売されていた。



もともとカセットテープにフェティシズムを持っていた自分は、とてもそそられた。
だが「思わせぶりなタイトルばかりだ」と敬遠していたのも事実。
また、もともとおカネが無かったのもある。

1983年に出始めた新しいメディアの形「カセット・ブック」。

限定版であることも多く、本のような厚みの中にカセットを埋め込み、小冊子が付いていて、その小冊子とカセットとの組合せが、私にはとても「欲しい」という感情を渇望させた。

この1983年には、教授の「戦場のメリークリスマス」のピアノ・ヴァージョンを収めた「AvecPiano」が発売され、それは真っ先に買った。



そして、YMOが1983年末に散会した後、1984年秋には、細野さんが「花に水」というカセット・ブックを出す。
イーノの影響で、公共の場で流れるアンビエントを収めたものだった。

***

話はEP-4に戻るが、1984年には「ファウンド・テープス」という12インチが発売される。



あまりにも興味をそそられるジャケットの美しさ。
ここで再度、自分はFMでエア・チェックしたEP-4を忍耐強く聴くが、これもまた自分の琴線には触れなかった。


【YMOウインター・ライブ1981年暮れの冒頭映像】

この頃になると高校2年生。
文武両道の厳しい規律の世界でぼろぼろになり、自分はどんどんと、リズムやドラムの音すら駄目になり、静かな音楽しか聴けない状態に傾いていく。
まあ、それは元からそういう体質と言えばそれまでなのだが。



***

本当にここ数年になって、YOUTUBEで発見したEP-4には狂喜した。
1曲聴いてかっこよく、それに連鎖する動画をすべて見た。
時を超えて気付くものという不思議さ。
同じニンゲンが聴いたものなのに、こんなにも違って聴こえるのは何なのだろうか?

2011年の夏聴く、「ファウンド・テープス」に収録された「ファイヴ・トゥ・ワン」に抱くかっこよさ。

幻のようなもの?
学者がよく言う「お得意のセリフ」を思い出す。

「過去など現存しない。
あるのは、脳が想起する思い違い・思い込みの世界。」

果たしてそうなのか?
私はそうは思わない。
私自体が変化したのだと思う。

コメント (4)
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