
かつてシド・バレットを中心にしたピンク・フロイド。
最初1枚を残して彼がいなくなったことで、他のメンバーは、今後どうするかという岐路にいきなり立つ。
そこにデイヴ・ギルモアが現われ、その後のピンク・フロイドが進んでいく。
70年代の終わり、正確には1979年中学生の頃、ピンク・フロイドは「ザ・ウォール」と目の前に現れる。そこから後、じぶんが聞いて事実と思っていた話はこうだった。
スタジオ録音をしている最中、シド・バレッドが発狂して叫んで居なくなってしまう。彼はそれきり消息不明になり、作品制作もバンドもそのまましばらく頓挫した。
そんな話を他人に話したのは、逆にじぶん自身が”発狂”した後。転がり込んだ大学でだった。
片隅にでもじぶんがじぶんを置いておける場所を探す中、偶然出会えた友人MZ師とのおしゃべりでだった。
彼もピンク・フロイドについて、おんなじような言い回しをした。
80年代は文字を打てばすぐ検索出来る世の中じゃない。
雑誌や人から漏れ伝わる話しをそれぞれの中で咀嚼しながら、友人同士話しては確認し合い知識を膨らませていく。しかし、それぞれの見聞きしたものを持ち寄った割には、ピンク・フロイドについて似たようなことを言うのは、お互い共に気違いであり、だからこそ気が合ったのだろうし、お互い早々知ってはいけない何かを知ってしまい、それを素直に言って頷き合える相手を見つけたからだった。
中学から大学に掛けた十代の季節が、誰にとっても精神の危機とカベにブチ当たるせいか?
時代は80年代というのに、じぶんの周囲には、やけにピンク・フロイドのファンが多かった。
大学時代には、幾人も明白に精神を病んだ人と出会った。
病んでいると思い込んでいるぼくからすれば比較的普通と思える人でも、確かに或る場面にだけ顔を出す奇妙な振る舞い・言動があった。彼の居る空間に流れる時間と気配は、ほかの一般学生には無い、ただならぬ”普通”と一線を画す何かがあった。彼らが持つ違和感は感じる側であるぼく自身の持つ違和感でもあった。
ピンク・フロイドと彼らの不思議なまじわり合いは、彼ら自身が好きな音楽の音楽観というよりは直感に近い。精神の芯と結び付いているかのようで、彼らの話しにしばし登場した。

「ほとんどすべての曲を書き、ギターとヴォーカルを担当していたシド・バレットは、単なるリーダー以上の存在であった。そんな彼がなぜグループを急に抜けたのか。彼の発狂が原因とされている。
発狂の理由が何であったかは、はっきりしないが、シド・バレットがいわゆる天才肌のミュージシャンであり、非常に繊細な精神の持ち主であったことは確かだ。そして、シド・バレットあるいはその発狂はその後のピンク・フロイドの重要なテーマとなる。
ある意味でフロイドは、その後ずっとシド・バレットの発狂という影を引きずりながら演奏活動を続けているといっていい。
『ウィッシュ・ユー・アー・ヒア』というアルバムは、フロイドによるシド・バレット賛歌であり、一種のラヴ・レターとさえいえるのではないか。”シャイン・オン・ユー・クレイジー・ダイアモンド”は、シド・バレットに向けての最高の賛辞といえる。正気と狂気の狭間にあり、どちらの側もよく見えるという場所がフロイドの表現の拠点なのである。」(渋谷陽一 1990年著「ロックミュージック進化論」より)
渋谷さんのこの文章は、この後もシド・バレットとフロイドについて書きながら、友人シドへのロジャー・ウォーターズを察して、こうも言う。
「狂気を特殊なものとして見ず、世界が狂っているなら、それに順応できないものは全てが狂人であり、そんなら、むしろ狂人として生きる方がよほど人間らしい行為ではないか、そうした発想にフロイドはたどりついたのである。」
中学生の頃「ザ・ウォール」のヒットをきっかけにして、雑誌やカセットテープの懸賞やレコード店の棚や友人宅でピンク・フロイドのLPレコードジャケットを物欲し気に見ていた。
それでもちゃんと作品を聴き込むことになったのは、1981年彼らの一部の曲をまとめた「時空の舞踏」というLPレコードの発売である。初心者向け入門盤みたいなもの。エア・チェックをしてカセットテープで聴き込んだあと、LPレコードを買った。「狂気」は兄から既に借りて聴いていたが、それ以外のものを、ここからさかのぼって聴いていくことになる。

このLPにはアルバム「炎」からタイトル曲「Wish You Were Here(あなたがここにいてほしい)」と「狂ったダイヤモンド」が入っている。
思えば「炎」も発表から41年が経つのだが、今でも「狂ったダイヤモンド」のデイヴ・ギルモアのギターフレーズは衰えることなく心に響く。それは情緒的という意味じゃなく、音が言葉よりも語っている。何を言いたいか?言葉ががなくても”あるコト”を指し示している。
■Pink Floyd 「Shine On You Crazy Diamond」1975■