朝、ロワール河畔のシャトーホテルを出発。休憩をいれて四時間強走り、モン・サン・ミッシェルの対岸へ到着。八月のバカンス時期、地元のフランス人たちもどっさりやってきて混雑している。
昼食のダイニングから美しくMSMが見える。フランス人だってこの光景を見たくなるだろう。
今年から車はMSMへ近づけなくなった。かわりに導入された無料のシャトルバスで向かう。頻繁にやってくるのでストレスは感じなかった。島の「大通り」という名前の小道。
キティちゃんもどきとエッフェル塔の合体したネコがMSMと一緒にプリントされたTシャツ(笑)
名物の「プーラールおばさんのオムレツ」はここが元祖。昔ながらの方法ででつくっているところ見せてくれる。
島の人口はいまや聖職者を中心に14人ほどになってしまったと、ガイドさんがおしえてくれる。1970年代までは小学校もあったというが、今、ここに普通の人々の生活はなくなってしまった。
かつての島民達の小さな墓地に、先ほどの「プーラールおばさん」の墓はある。
坂道と階段をのぼっていくと、眼下に遠浅の海がひろがってくる。島の建物はどれも古い。英仏戦争が終結した15世紀頃に遡るものも多いだろう。
修道院の中はがらんとしている。この場所を理解するために解説は必須である。この写真の部屋は明るく・暖かく、中世修道僧の大きな役割であった写本をしていた場所だと推測されている。装飾も文字文様が使われている。
ふたたび、シャトルバスに乗って対岸へ。
午後七時近くになり、ぐっと人が減った。宿泊ホテルの二階ダイニングから見るMSM。食事のあとに空いた道をあるいてMSMを感じることが出来るのが良い。やっぱりホテルの位置は重要であります。
夜中、窓から空を見上げると、月も出ているのに、素晴らしい星空だった。この写真ではなかなか見えないとおもうけれど、せめて雰囲気だけでも。
昼食のダイニングから美しくMSMが見える。フランス人だってこの光景を見たくなるだろう。
今年から車はMSMへ近づけなくなった。かわりに導入された無料のシャトルバスで向かう。頻繁にやってくるのでストレスは感じなかった。島の「大通り」という名前の小道。
キティちゃんもどきとエッフェル塔の合体したネコがMSMと一緒にプリントされたTシャツ(笑)
名物の「プーラールおばさんのオムレツ」はここが元祖。昔ながらの方法ででつくっているところ見せてくれる。
島の人口はいまや聖職者を中心に14人ほどになってしまったと、ガイドさんがおしえてくれる。1970年代までは小学校もあったというが、今、ここに普通の人々の生活はなくなってしまった。
かつての島民達の小さな墓地に、先ほどの「プーラールおばさん」の墓はある。
坂道と階段をのぼっていくと、眼下に遠浅の海がひろがってくる。島の建物はどれも古い。英仏戦争が終結した15世紀頃に遡るものも多いだろう。
修道院の中はがらんとしている。この場所を理解するために解説は必須である。この写真の部屋は明るく・暖かく、中世修道僧の大きな役割であった写本をしていた場所だと推測されている。装飾も文字文様が使われている。
ふたたび、シャトルバスに乗って対岸へ。
午後七時近くになり、ぐっと人が減った。宿泊ホテルの二階ダイニングから見るMSM。食事のあとに空いた道をあるいてMSMを感じることが出来るのが良い。やっぱりホテルの位置は重要であります。
夜中、窓から空を見上げると、月も出ているのに、素晴らしい星空だった。この写真ではなかなか見えないとおもうけれど、せめて雰囲気だけでも。