旅倶楽部「こま通信」日記

これまで3500日以上世界を旅してきた小松が、より実り多い旅の実現と豊かな日常の為に主催する旅行クラブです。

雨のケベックシティはシャトーフロントナックで夕食を

2018-10-08 20:20:20 | カナダ
オルレアン島で素晴らしい紅葉を見た後、本格的な雨になった。
夕飯はシャトーフロントナック内のレストランに予約。外へでなくてよいのは楽ですね。

五時からはラウンジでアペタイザーが用意されている。夕食は20時過ぎだからこちらも楽しめる
タコスまで用意されている



シャトーフロントナック地上階の奥にあるダイニング。
入口付近はカフェスペースのようになっていて騒がしい。ちょっと心配したが奥の静かなコーナーにちゃんと八人用のテーブルが用意されていた
テーブルに斜めになっているマット↓



ワインが残ったのでチーズプレートを頼んだ↓

窓の外、巨大客船が停泊するセントローレンス川を見下ろすボードウォークが雨に濡れている↓


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モンモランシーの滝とオルレアン島

2018-10-08 18:18:18 | カナダ
「燃えるような」というのはこういう紅葉なのだろう

ケベックシティのガイドさんが「今はここがいちばん」と車をとめてくださった
そして、モンモランシーの滝をめざす

滝上の駐車場から滝の上にかけられた橋まで森の中を歩く

音だけ聞こえていた滝がやがて姿をあらわす

上にかけられた橋へ

※こちらから動画をごらんください

高さ83mの滝。流れ落ちるセントローレンス川の向こうにオルレアン島がある。
六つの村があるが、島への橋は1930年までなかった。
↓深さは三メートルほどの浅瀬↓

↓橋の上からモンモランシーの滝↓


オルレアン島にはフェリックス・ルクレールという「ケベック方言フランス語」の歌手の記念館がある↓

ケベックのフランス語は日本で言えば江戸時代のことば。
フランスへ渡ったフェリックスが歌うと、パリのフランス人たちは不思議な古いフランス語にびっくりしたのだそうだ。
彼が亡くなったのは1988年のこと

↑ギターをかかえた大きな記念像の近くに散歩道がある↓

夕方になり雨も落ちてきたけれど、紅葉の美しさにさそわれて歩きたくなる


すぐ近くにカシスを使った酒のお店があるので寄ってみた↓

カシスのワイン、カシスのジャム、それにあわせるスパイシーなナッツやラスクを試食


シャトーフロントナックまで小一時間で帰着。
雨も強くなってきた。
ホテルでの夕食を予約しておいてよかった。
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ケベックシティ郊外は紅葉の盛り 奇跡の大聖堂へ

2018-10-08 14:14:14 | カナダ



ケベックシティから三十分ほどのドライブでサンタンヌ・ド・ボープレ大聖堂へ

見たかった紅葉はこのあたりが盛りだ。
北米三大巡礼地になっている大聖堂が見えてきた↓

現在の大聖堂1923年に建設された五代目。
①最初のものは1658年に木造で建設がスタート。
その時式典に参加して建設作業に形式的に参加していた松葉杖なしであるけなかったルイ・ギモンという人が、石をいくつか積んだ後に突然歩けるようになった。それが最初の奇跡。
②1661年にやはり木造で二番目の教会が建設されたのだが、増える巡礼にすぐに手狭になった。
③1676年、本格的に石造りの大きな聖堂が建設され、二百年間使い続けられた。その三番目の教会はこんな姿↓後年彩色された元は白黒の写真がのこされている↓

二百年の歴史がある建物をただとり壊すには忍びなかったのだろう。
教会の入り口部分を利用した小さな礼拝堂が、新しい聖堂の横に建設された↓
↓なるほど、上の写真の入口部分だったのがよくわかる↓

内部は小さい↓奥行きはない

かつてはこの祭壇に聖アンナの聖遺物「指の骨」が安置されていたのか

④そして建設された立派な四代目の教会だったが…↓約半世紀後の1922年に焼失

⑤↓翌1923年、現在の五代目が建設されていった↓

内部へ↓

↓交差部分より360度カメラで撮影↓

↓主祭壇

現在、聖アンナの「指の骨」と「手の骨」が安置されている礼拝堂がこちら↓

↑フランスからもたらされた木彫が見下ろしている↑

前の広場に出る↓

噴水の上にマリアを抱いたアンナの像↓


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ケベックシティ「下の街」から市場へ

2018-10-08 13:13:13 | カナダ
午前十一時、港のある「下の街」へ降りるころ青空がひろがってきた

見上げるあの塔に泊まっているわけですな

ヨーロッパの旧市街のような街並みだが道幅は少し広い

広場には教会

↓プチ・シャンプレン通りにある四十五の店は、必ず手作りの看板を掲げなくてはいかないのだそうだ↓



ビルの壁を利用してケベックシティの歴史的な人々が描かれている↓

↓ウルスラ会の修道女たちも

まちのあちこちに掲げてあるこういう絵や看板をよく読んでいくと、いろんなことが見えてくる。
↓こちらは「北米でいちばん古い雑貨屋さんが1651年につくられた」と↓


↓「王の娘たち」についての表示

※これについてはまた別途

↓自由時間に「プティン」というB級グルメを買う↓ポテトにチーズとグレービーソース↓


**「市場に行きたい」という声があって、軽い自由ランチをそこでとることにした。
ケベックシティの市場は観光地からは比較的離れた場所にある。車でないと行きにくいので観光客は比較的すくない↓

野菜もたくさん

地元のチーズ

ロブスター

こぶりなリンゴを買ってみなで分けました↓



木々は色づきはじめている。
午後に訪れる郊外の教会あたりは真っ盛りだそうな。
楽しみです。

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ケベック旧市街を歩く

2018-10-08 11:11:11 | カナダ

シャトーフロントナックの朝、遠くに見える石油精製所の光が美しい

セントローレンス川を見晴らすクラブラウンジで朝食↓



**
九時にロビーでガイドさんと待ち合わせてケベックシティ旧市街を歩く。まずはこのホテル自体の歴史から。
↓今年で創立百二十五年を迎え、キーも記念ヴァージョンになっている↓

↓ロビーには歴史を追ったパネルが展示されている
なんといってもケベックシティでいちばん写真映えする建物↓我々の宿泊している中央の塔は三回目の拡張で1920年代に加わったもの。

カナディアン・パシフィック鉄道の開通にあわせて1893年にオープンした当初はたった三十室しかなかった。
カナディアンロッキーのバンフ・スプリングス・ホテルと同じ設計者によると知ると、なるほどと思う。
1910年ごろ様子※ネット辞典より⇒

入口中庭から外へ出るアーチの上にマルタ十字の描かれた石片がひっそり掲げられている↓


※これについて、こちらに書きました

広場の向こうに

ノートルダム聖堂がある↓





初代司教ラヴァルのための礼拝堂がある※こちらに書きました
先住民とどのように折り合いをつけてやっていくかは入植者にとっては最大の課題だった筈だ

ラヴァルは人として尊重し、共存する道を見出していった。

最初の献堂から三百五十周年を記念して「聖なる扉」が設置された↓


**
新しい街をつくるのは男だけではできない。ウルスラ修道女会は今でもつづいている↓

礎をつくったマリー・ドゥ・リインカーネションの没後325年を記念して設置された記念碑

彼女はルイ14世の命令で大陸にやってきた「王の娘たち」を守り育てて、「カナダの国母たち」にしていった。
※「王の娘たち」についてはまた別に書きます

***
城壁を出たところに建設された州議事堂↓

↓新たに設置されたのは昔の議員さんのスタイルだそうな↓


城壁外、1759年にケベックシティをめぐる英仏の決戦がおこなわれたアブラハム平原

近くにジャンヌダルクの騎馬像がある↓

英仏百年戦争の15世紀、ジャンヌはイギリス側によってルーアンで火刑に処せられた。
ケベックは自分たちのルーツを忘れない。


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