『人生を遊ぶ』

毎日、「今・ここ」を味わいながら、「あぁ、面白かった~ッ!!」と言いながら、いつか死んでいきたい。

  

新人王戦

2018-10-11 07:58:00 | 趣味
おとついの晩、
深夜2時まで読書しても
なかなか寝落ちせず、
翌日オフ日なのをいいことに
けっきょく5時間ほどの
短時間睡眠になった。

日中眠たくなれば
午睡すればいいやと
思っていたが、
ソータの新人王戦の
1Rだったので、
ついつい10時から5時まで
PCに釘付けになって観てしまった。

終了後に風呂に入ろうとしたら、
クラリとふらつきがきたので、
山田康雄の“ルパン三世”みたいに
「アーラララ・・・」
と焦ったが、
考えてみれば
寝不足で午睡もせず、
7時間も動かずに
PC前に座っていたのだがら
血行も悪くなるというものである。

急いで、
ストレッチや
「めまい防止運動」やら
自律訓練法をやった。

今朝は、
しっかり背中が凝っていた。




対局相手は
格下の奨励会三段なので
棋士七段のソータが
負けるはずもなかった。

中盤から
身を切って、踏み込んで、
相手を囲い込むようにして
降参させた。

まさに、
横綱相撲である。

先日、ソータに勝った
解説の山崎八段をもってして、
「こんな風には自分には指せない」
と、あらためて天才独自の
棋風に感嘆していた。

聞き手の女流棋士・
ミナミちゃんも
「すごいですねぇ・・・。
 はぁ・・・」
と天上界の天才高校生に
溜息をついていた。

将棋界が始まって来、
前人未到の「永世七冠」と
「四百年に一人の天才」という
稀代のふたりの棋士と
同時代を生きられたのは
将棋ファンにとっては、
まさに僥倖であった。




何気なく使われている
プロ同士の対局での
将棋盤は300万もするもので、
駒も100万ほどのものらしい。

最近では、
古楽器材で用いる
「タイガーストライプ」
あるいは
「虎斑(とらふ)」
と呼ばれる縞模様の駒材の
使用が目に付く。

盤は七寸(21cm)ほどの
本榧(かや)材で
棋士が駒を打つ時に
「ピシリッ!」
と鳴るように
底には共鳴溝が掘ってある。

昨日も、
ここぞという決め手の時、
ソータが渾身の一手を
「ピシリッ!」
と打ち込むと
解説者から
「きょう一番の駒音でしたねぇ」
と、棋士ならではの
その迫力に共感していた。





毎週、
上り下り4回も
およそ240㎞ほど
高速を利用しているので、
エンジン保護のために
きっちり5000㎞ごとに
記録を取ってオイル交換している。

もう20年来、
家族で何台も購入している
自動車屋さんなので
オイル交換もスタンドより
廉価でやってもらっている。

きのうは
奥さんから缶コーヒーまで
ごちそうになった。

先週、
お釜を掘られた(笑)
ナツホのラパンも
オイド(お尻)修理している
最中だった。

これもここから
購入したものである。





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補償的・選択的最適化

2018-10-10 08:33:00 | 風景
日中は夏日になることもあるが、
出勤時の朝方は
足元が寒くって
膝掛けが必要になってきた。

.

およそ60kmある高速区間では、
退屈な直線道路を
時折、肩凝り防止に
左足でハンドルを
ホールドして背伸びやら
腕伸ばしをやることがある。

通常運転に戻るときには
「You have controle」(副機長)
「My aircraft」(機長)
とパイロット用語で
操縦桿を受け取る。

退屈なロングドライヴも
これは定期航路のフライトだ、
と自分に暗示をかけて
憧れのパイロット気分に浸って
時をやり過ごしている。

あ、そうそう。
左足でホールドする時は、
「Center command on」
と、自動操縦に
設定したつもりでやる。

片道1.5時間の通勤路を
なんとかして
退屈せず、疲れないよう、
嫌にならないよう、
あれやこれやと
仕掛けを考えている。

時には、
365日×40年聞いてる
落語を一席やったり、
90分の教育講演をやったりしている。

いっそ、
助手席に会話相手になる
A|スピーカーでもあればいいのだが、
今ん処もっぱら一人二役で
架空漫談でお茶を濁している。

子どもの頃、
“おしゃべりオサムちゃん”
と言われてたらしく
同居していた叔母からは、よく
“ヘラ子”なんだから・・・
とも揶揄されていた。

なので、
後に教員やカウンセラーになったのは、
「しゃべくり」を活かした
天職なのかもしれない。

毎回、アドリブでやってる
リサイタルのMCも
「トークが面白かった」
というアンケートを頂いている。





藪のようだった庭が
剪定と伐採で
スッカスカになり、
隠れていた置き灯篭や
蹲(つくばい)などが
久しぶりに陽の目を見た。

冬枯れの庭は寂しいが、
粉雪なぞが降ると
灯篭がうっすらと
綿帽子をかぶったようになり、
なかなか風情がある。

フミが休暇を取って
家でノンビリ過ごしているが、
都会の激務に追われる
戦士の休養のようである。

アキもメールの返信がこないと、
カミさんが心配するほど忙しいようで、
今年だけで胃カメラを3回もやり
逆流性食道炎か胃炎のようだ
というので親は心配している。

ナツは先週、事故るし、
4年の卒論で、家には
寝に帰るだけのようである。

なんだか、
自分の体調不良も含めて
家族中が「停滞の時期」の
運勢なのかしらん、
と思わないでもない。

その中で、
カミさんだけが
週2回もテニスをやって
新潟往復したりと
健康優良児然としている(笑)。




濁川沿いを散歩していると、
鴨のつがいが
水面(みなも)で
餌を啄ばんでいた。

今朝の連ドラ
『まんぷく』を視て、
東京人役者のナンチャッテ大阪弁が
耳障りなのと、演出の大仰さ、
役者のわざとらしい演技、
チープなBGMが
辛坊たまらんようになり、
途中で視るのをやめた。

なんだか、
深夜や白昼やってる
テレビショッピングの
タレントたちの
あざといクッサい演技を
視てるような不愉快を感じた。

なので、
録画予約も消去した。

あの最低最悪の
駄ドラマ『わかば』以来である。

傑作『半アオ』の後続なので
対比効果でよけいに
酷く感じるのかもしれない。

最近、
晩年近くの終末効果なのか、
自分にとって、
価値のないこと、
無意味なこと、
やりたくないこと、
は平気でバッサリ切っている。

これは、
加齢に伴う
「補償的・選択的最適化(SOC)」
でもあるのかもしれない。

つまり、
残り少ない時間や労力に
資源を投入する領域を精選し、
そこに集中してパフォーマンスを
維持・向上させる
という戦略である。

それには、
何らかの工夫を取り入れて
代替的な方略を駆使して
加齢による能力低下を
補うのである。

***

今日は
ソータの「新人王戦」決勝の
三番勝負1Rである。

相手は奨励会の三段なので
十中八九「2-0」で
ソータの「新人王」タイトル
獲得なるだろう。



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珍しく・・・

2018-10-09 04:55:00 | 健康
きのうも
室内は27℃まで上がって
寝室ではエアコンにして
涼を取っていた。

秋の“小春日和”は
穏やかでよろしいが、
連日の“夏日”では
かなわん。

先日の「火山の夢」も
気になって、
久しぶりに「易」を立ててみたら
『水雷屯』という
六十四卦中の四大難卦と出て、
「なにもかも停滞の時」に
ありゃまぁ・・・やっぱし・・・
であった。

(_ _。) ガクッ

でも、
この時期を乗り切れば盛運に転ずる、
とあるので、
むかしのボンカレーのCMみたいに
「じっと我慢の子であった」
と、やり過ごすほかなさそうだ。





二ヶ月近く
お預かりしていたギターを
メンテを済ませて
オーナーの先輩に
無事お届けしたら、
たいへん喜ばれて
お礼のメールを頂いた。

やはり、
古きよき楽器を
再生させるのは、
リューティエ(古楽器製作家)としても
やり甲斐のある仕事であった。

せっかく二本お持ちなので、
弦の種類を変えて
音質の違いを楽しまれては、
とメールをさしあげたら、
ネットを参考に研究してみる
とのことだった。

高価ではあるが
ガット弦(羊の腸)なども試して
古楽のゆかしい音も
楽しんでもらえればと思う。




連休だったが、
特段に行きたい処もなく、
食べたいものもなく、
したいこともない・・・
というグータラ爺さまだったので、
いつもの如く
近所の古書店巡りをして
100円コミックを買い漁り
ゴロ寝読みしていた。

『麻酔科医ハナ』は
レンタルで
いちど既読のものだが、
なんだかまた読みたくなったので
5巻まで買ってきた。

わりと
「女医もの」が
好きなのである。







創作料理の
データベースにしている
過去ログを検索してみたら、
5年前に二回ほど
「パテ・アン・クルート」(パイ包み焼き)
を創っていた。

手間がかかるので、
最近、とんと
ご無沙汰の手法である。

いっとき、
黄緑色のソース・ピスターシュ
(ピスタッチオ・ソース)に凝って
よく創っていた。

5年前も
庭のハーブ園の
フヌイユ(フェンネル)、
マント(ミント)、
オリガン(オレガノ)
をガルニ(添え物)に使って
“らしく”するという
安易で姑息なことをしていた。

アラマ…。(〃_ _)σ∥

それと、やはり、
むかしっから
ドレッセ(盛り付け)の
センスがないなぁ・・・。

(乂'ω') ダメデアリンス

どうもチープさが否めない。

自分の創作力よりも
鑑賞力、批評力が勝ってるのが
恨めしい。

やはり
プロのように、
お客に供してお代を頂戴する
という緊張感のもとで
何千、何万という
経験値を踏まないと
“ピシリ”と着地が
決まらないのだろう。

家人相手の
いい加減な雑な盛り付けの
家庭料理を何十年と
やってきたワルイ癖が
ついているのだと思う。

「煮る・焼く・蒸す・炙る・茹でる」
といった調理テクや
「甘・辛・酸・塩・苦」
といった五味は
なんとかコントロールできるようになって、
何十というスパイス、ハーブ類も
使いこなせるようにはなった。

オイル、ヴィネガー、洋酒類も
ひと通りマスターした。

最後の課題は、
ドレッセである。

こればっかりは、
やはり、味同様に
数を作っていくよりない。

今も、暇さえあれば
BSの海外料理番組を
チェックしながら、
レシピよりも
もっぱら仕上げのドレッセに
注目している。

絵画でも音楽でも
「美」を創りだすという作業には
オワリはないのだろう。







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秋祭り

2018-10-08 07:10:00 | 風景
市内は
連日の夏日というのに
一切経には
うっすらと冠雪が見られた。

また秋めいて
涼しくなるとのことで
初老のカラダは
空中分解しそうである。

きのうから
副交感神経系を活性化させるべく
自律訓練法をはじめた。

そしたら、
今朝の寝起きは
いくらか爽快感があった。



カラダのだるさと
気詰まり感がとれなくて
毎日、イブプロフェン2錠と
アルプラゾラム1錠を服用して
なんとか凌いでいる。

養老先生の本を読んでいたら、
歳とったらあちこち痛いのは
アタリマエで、
一々それらの感覚にとらわれず、
それよりも五感の外的感覚に
意識を働かせた方がいい、
とあったので、
そうしようとはしている。

視て、聴いて、嗅いで、
味わって、触って・・・と。

それと、
この機会にカラダ中の
あちこちを圧してみて
圧痛のある箇所を探しては
揉み療治したり、
サロメチールを塗っている。

自分ならではの
特異点が見つかったら
もうけもんであるが・・・。





午前中に
カミさんを郊外まで
送っていったので、
その足で秋祭りの様子を
ぶらりと見学してきた。

恒例のお化け屋敷や
金魚すくい、お面屋さん、
射的なぞを見ただけで
お祭り気分を味わえた。

毎年、
夜には連山車を見物に
出向いているが
今年は体調不良でパスした。





カミさんが
愛息の新潟詣でで
泊まりだったので、
夜はひとりで
気ままに創作フレンチで
遊んでいた。

ライフ・モットーの
「人生を遊ぶ」の一貫
「料理を遊ぶ」である。

市松模様に
生ハム・胡瓜・チーズ・柿・黄身焼を
並べて、レモンオリーヴ油のムースを
合えてサラダとした。

先日亡くなった巨匠
ロブションがよく使っていた
幾何学的ドレッセのひとつである。

京都自宅の近所だった
東福寺には市松模様の
「井田の庭」があり、
しょっちゅう出かけたものである。




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真夏日

2018-10-07 05:19:00 | 風景
台風一過後の
フェーン現象で
神無月にして30℃の
真夏日となった。

日中は久しぶりに
半袖、短パン、エアコンが要り、
午睡のときには
いちどしまったタオルケットを
また引っ張り出してきた。

昨晩は
25℃を下回らない熱帯夜で
寝苦しかった。

この寒暖差で
また体調に影響がでそうで
「なじょしたもんだべぇ」
と戦々恐々もんである。

主治医が言うには、
自律神経系を安定させるには、
良質の睡眠、軽運動、
バランスの取れた食事、
リラクゼーションがいいというので
それを心がけているが、
どうもスッキリしない。



レッスンに来られているKさんが
「ギターリフト」なる
最新の支持器を持ってこられ
ひじょうに具合がいいと
感激されていた。

福田さんもこれを
使用していて、
テレビ演奏でその奇態な形に
「あれ、なんだろう?」
と気になっていた。

試させてもらったら、
なるほど、なかなかに
安定感がある。

福田さんは、
広告サイトで
「歴史上、発明されたもっとも優れた
ギター支持具であることは間違いない」
なんて片棒担いでいたが・・・。

15.000円は
ちと高価に過ぎる。





おとつい
午睡中に、
幼児のアキを連れた旅先で
火山が爆発して
溶岩に呑みこまれそうになって
あっぱとっぱして
建物の地下に避難する夢を見た。

オレンジ色の溶岩が迫ってきて
絶対絶命になり、死を覚悟するが、
そこは夢なので、
なぜか火砕流が逸れて助かる。

目覚めた後も、
しばらくその恐ろしさが
トラウマのように残った。

予知夢であれば、
近々に厄災があるかもしれない、
と用心して、
「大難は小難に、小難は無難に、
お奉り替えしてください」
と神前、霊前で御祈念している。

夢分析の象徴事典では、
やはり火山の噴火は
ドラスティックな変化のようで
「死と再生」が起こるとあった。

結果的には、
幼児の我が子をも
護りきったので
大切なものは失わないのかもしれないが、
今のこの辛い体調不良のあとに
もう一皮剥ける成長があるのかもしれない。

そういえば、
神様は一度で毒断ちをすると
その侵襲性で命を落とすことがあるので、
分散して徐々に毒断ちをしてやる、
という一説を
教典で読んだことがある。

なるほど、
そう解釈すれば、
この“真綿で首”のような
長らくの体調不良も、
過去からの負債である「めぐり」の
ローン返済だと思い替えすれば、
有り難いことなのかもしれない。

最近、ハマッている
独自の「クイジーヌ・セラピー」
(料理療法)で
トラウマチックな火砕流の夢を
スクエア・プレートに
トマトソース、チーズリゾット、
生ハム、パルメザンなどで
表現してみた。

助かった自分とアキは
リゾット頂上の
ゴーヤのコンフィチュールである。

創作後、
この恐ろしい夢の表象を
喰ってやった(笑)。





気を取り直して、
心を整えるために、
曼荼羅を象徴する
「円」のプレートに
鯖缶のサバを中心に
チベット・マンダラ風に
素材を配置してみた。

ユングは
精神的危機に陥った人たちの多くが
「円」を描いたり
丸いUFOのようなものを見たりするのは、
その完全性・安定性によって
補償するためである、
と言った。

なるほど、
宇宙ステーション内で
水を浮遊させると
それは球体を形成し、
多くの恒星・惑星も
球体を成しているので
それは宇宙における
完全性の顕われなのだろう。

その断面の二次元が
「円」である。

トラウマを表現した
「四角」と
安定を表現した
「丸」は、
京都の洛北、鷹峯にある
源光庵では
「迷いの窓」と「悟りの窓」
として有名であった。


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