きのうは
福島市内だけに
積雪があったようで、
6cmと今朝の朝刊にあった。
それぐらいなら
小雪のぶるいだが、
散歩道のネギ畑は
一面の真っ白で、
湿り気のある重い雪に
負けなかった株だけが
所々に顔をあげていた。

道端にある
氏神様境内の阿修羅石像も
ほんのり雪を被り
「雪の石仏」として
絵になっていた。

4時からは
医大オケ定演に赴いたが、
開演5分前に到着したので
駐車場が満杯で、
かろうじて隣の日赤の所が
一台分だけ空いていて
ラッキーだった。
前半は前から
3列目に座ったが、
振り返ってみると
六部くらいの入りで
コンプレ(満席)が1000だから
600名ほどの入場で
羨ましく思った。
来年のファイナルで
6回目になる
『復興支援リサイタル』も
初回の200名からスタートして
尻上がりに動員数が増えてほしいと
希望的観測(wishful thinking)を
抱いていたが、現実は甘くなく、
毎年横ばいで今年はかなり減っていた。
“楽壇ひとり”で
何から何までやっているので、
広報活動にも限界があり、
自分にできる手いっぱいの処で
よしとしている。
5年間の活動で
固定客が100名ほど
いらして下さるだけでも
御の字なのである。
偶発的に
「ラジオ福島」や
「民報新聞」「シティ情報」が
とりあげて下さって、
アンケートにそのソースでという方々が
10人くらいは増減がある。
“楽壇ひとり”でも
最大200名ほど動員できるのに、
ここ数年の福大ギター部定演は
観客数30名ほどという体たらくで、
創部40年のOB会長として
鼓舞しているのだが、
“笛吹けど・・・踊らず”で
心寂しい思いをしている。
年々、学生の熱量が
少なくなっているのを痛感するが、
今年度はついに春・夏の合宿なし、
定演前の指導なし、
とトレーナーとしての
オファーがなかった。
ギター部そのものが、
もう「絶滅危惧種」状態なのだろう。
どんなものでも、
その存在が消滅する時が来る。
医大オケの
しっかりしたマネジメントを見て
溜息が出るばかりだった。
*
コンサート・プログラムの
『こうもり序曲』は、
かつてギター編曲を試みたほど
オキニの曲だが、
永らく『2002ニューイヤー』の
マエストロ小澤の演奏を最上として
耳タコになるほど聴いてきたので、
どうしても、あのキリリと引き締まった
名演と比べてしまって
ユルユル感があった。
ウィーンフィルと
学生オケを比較しては
気の毒だが・・・(笑)。
マエストロは、
ウィンナ・ワルツ独特の微妙な拍節を、
カラダを瞬間停止させることによって
瞬時のゲネラルパウゼ(全楽器の休止)で
表現している。
その様がDVD映像でよくわかり、
得もいえぬ間合いが
ウィーン風を醸しだす。
それは、師匠のカラヤン譲りで
比較してみると
驚くほどそっくりだが、
小澤の方がいくらか
デフォルメしている。
『くるみ割り人形』は、
小澤の『ヴァルトビューネ1993』のDVDで
やはり飽くほどに聴き、
バレエのDVDも観て、
ギターソロや
アンサンブルでもやったので、
楽譜的に理解している。
8つの小曲とも
それぞれに愛らしく、
なかなかに
ダンサブルな演奏だった。
『カリンニコフの1番』は
ナクソス版で全世界的に
有名になったが、
ご多分にもれず自分もそれで
オキニになった名曲である。
チャイコよりも
よりキャッチーな旋律が散りばめられ、
オケの鳴らし方も巧い。
以前、福高オケや
フミのいたジュニオケでも聴いたが、
やはりライヴでの
トゥッティ(tutti/全奏者の総奏)は
CDとは違って音圧がすごく
うなるような迫力が楽しめた。
ただ、
ホルンのソロパート音が
芯が弱く心許なく、
ホルンパート全体も
音程がやや不安定で
音色が濁って聴こえたのが
いささか残念だった。
合奏コンクールなどでも
チューバやホルンの音程が
狂って聴こえることが多いのは
正確なピッチを保つのが
難しい楽器なのだろうか。
元同僚で亡くなった
ホルニストのカズちゃんが
生きていたら
訊いてみたかった。

コンサート後、
カミさんと夜の街出をし、
あちこちのイルミを楽しみながら
居酒屋で夕飯にした。
駅前の中合2番館の壁面に
プロジェクション・マッピングされていて、
モモリンが映し出されていた。
福島市内だけに
積雪があったようで、
6cmと今朝の朝刊にあった。
それぐらいなら
小雪のぶるいだが、
散歩道のネギ畑は
一面の真っ白で、
湿り気のある重い雪に
負けなかった株だけが
所々に顔をあげていた。

道端にある
氏神様境内の阿修羅石像も
ほんのり雪を被り
「雪の石仏」として
絵になっていた。

4時からは
医大オケ定演に赴いたが、
開演5分前に到着したので
駐車場が満杯で、
かろうじて隣の日赤の所が
一台分だけ空いていて
ラッキーだった。
前半は前から
3列目に座ったが、
振り返ってみると
六部くらいの入りで
コンプレ(満席)が1000だから
600名ほどの入場で
羨ましく思った。
来年のファイナルで
6回目になる
『復興支援リサイタル』も
初回の200名からスタートして
尻上がりに動員数が増えてほしいと
希望的観測(wishful thinking)を
抱いていたが、現実は甘くなく、
毎年横ばいで今年はかなり減っていた。
“楽壇ひとり”で
何から何までやっているので、
広報活動にも限界があり、
自分にできる手いっぱいの処で
よしとしている。
5年間の活動で
固定客が100名ほど
いらして下さるだけでも
御の字なのである。
偶発的に
「ラジオ福島」や
「民報新聞」「シティ情報」が
とりあげて下さって、
アンケートにそのソースでという方々が
10人くらいは増減がある。
“楽壇ひとり”でも
最大200名ほど動員できるのに、
ここ数年の福大ギター部定演は
観客数30名ほどという体たらくで、
創部40年のOB会長として
鼓舞しているのだが、
“笛吹けど・・・踊らず”で
心寂しい思いをしている。
年々、学生の熱量が
少なくなっているのを痛感するが、
今年度はついに春・夏の合宿なし、
定演前の指導なし、
とトレーナーとしての
オファーがなかった。
ギター部そのものが、
もう「絶滅危惧種」状態なのだろう。
どんなものでも、
その存在が消滅する時が来る。
医大オケの
しっかりしたマネジメントを見て
溜息が出るばかりだった。
*
コンサート・プログラムの
『こうもり序曲』は、
かつてギター編曲を試みたほど
オキニの曲だが、
永らく『2002ニューイヤー』の
マエストロ小澤の演奏を最上として
耳タコになるほど聴いてきたので、
どうしても、あのキリリと引き締まった
名演と比べてしまって
ユルユル感があった。
ウィーンフィルと
学生オケを比較しては
気の毒だが・・・(笑)。
マエストロは、
ウィンナ・ワルツ独特の微妙な拍節を、
カラダを瞬間停止させることによって
瞬時のゲネラルパウゼ(全楽器の休止)で
表現している。
その様がDVD映像でよくわかり、
得もいえぬ間合いが
ウィーン風を醸しだす。
それは、師匠のカラヤン譲りで
比較してみると
驚くほどそっくりだが、
小澤の方がいくらか
デフォルメしている。
『くるみ割り人形』は、
小澤の『ヴァルトビューネ1993』のDVDで
やはり飽くほどに聴き、
バレエのDVDも観て、
ギターソロや
アンサンブルでもやったので、
楽譜的に理解している。
8つの小曲とも
それぞれに愛らしく、
なかなかに
ダンサブルな演奏だった。
『カリンニコフの1番』は
ナクソス版で全世界的に
有名になったが、
ご多分にもれず自分もそれで
オキニになった名曲である。
チャイコよりも
よりキャッチーな旋律が散りばめられ、
オケの鳴らし方も巧い。
以前、福高オケや
フミのいたジュニオケでも聴いたが、
やはりライヴでの
トゥッティ(tutti/全奏者の総奏)は
CDとは違って音圧がすごく
うなるような迫力が楽しめた。
ただ、
ホルンのソロパート音が
芯が弱く心許なく、
ホルンパート全体も
音程がやや不安定で
音色が濁って聴こえたのが
いささか残念だった。
合奏コンクールなどでも
チューバやホルンの音程が
狂って聴こえることが多いのは
正確なピッチを保つのが
難しい楽器なのだろうか。
元同僚で亡くなった
ホルニストのカズちゃんが
生きていたら
訊いてみたかった。

コンサート後、
カミさんと夜の街出をし、
あちこちのイルミを楽しみながら
居酒屋で夕飯にした。
駅前の中合2番館の壁面に
プロジェクション・マッピングされていて、
モモリンが映し出されていた。