『人生を遊ぶ』

毎日、「今・ここ」を味わいながら、「あぁ、面白かった~ッ!!」と言いながら、いつか死んでいきたい。

  

原発事故被害・第二次「見舞金」

2023-12-16 11:03:17 | 社会問題

 

きのうは
転校生が一人増えて
全校生が6人になった
山の学校での
今学期さいごの勤務日だった。

少人数なので
全校生がカウンセリング対象だが、
あるケースで症状が発症し、
母親とも90分あまりも
心理・病理の心理教育と
家族療法についての
ガイダンスを行った。

来週から
冬休みに入り、
次回のセッションは
1月中旬になるので、
それまで、年末年始の家族での
過ごし方について色々と話し合った。

幸いにして、
卒業生のお兄ちゃんと仲が良く、
Xmasケーキを創ったり、
学校での職人さんに学んだ
「そば打ち体験」で得た技術で
年越しそばなども作っているという。

お正月には、きちんと
お節も雑煮も創るというので、
「家庭文化がしっかりあれば
予後はいいですよ・・・」
と、看護師のお母さんに伝えた。

そう・・・。
最近では、格差社会で
貧困な家庭もあり、
ケーキを買わない、
年越しそばも、餅もなし・・・
という家庭もある。

中には、
両親共働きでも
そういう家庭文化をやらない家もあり、
たいがいは、ディズニーランドにも
連れて行ってもらったことがない、
という子たちもいる。

(親は、子どもの喜ぶ顔を
見たいと思わないのだろうか・・・)
と、常々、思う。

「儀式喪失の時代」と言われて
久しいが、本来的、根源的な
意味のある儀式がなくなり、
組織での儀式は形骸化している。

洞窟生活をしていた祖先が
暗く寒い中で「火」を取り囲んで
同族の「絆」を強めていたことは
想像に難くない。

ケーキの蝋燭を囲む、
カセットコンロでの鍋を囲む、
・・・などは、先祖返り的な
意味があるように思われる。

*

今年、最後の給食は
「金曜カレーの日」だった(笑)。

インスタントっぽい味の
甘ったるくて、ぬるいので、
常備している醤油スプレーと
ケイジャンスパイスを振りかけて、
尚且つ、給湯室でレンチンして
熱々に仕立てている。

そのたんび、
女性事務員さんに
「先生ぇ・・・。
また、かけてますねぇ・・・」
と、笑われている。

***

毎回、お菓子を
買って来て下さるお母さんから
きのうは時節柄か
Xmasツリーと雪だるまの
クッキーを頂いた。

そしたら、
退勤時に、暗い玄関ホールに
生徒たちの手作りによる
Xmasオナメントが飾られていて、
なんだか、ちょっとホッコリした。

大規模学校では
こういう事は全くしないので、
少しは、やればいいのになぁ・・・
と思わないでもない。

*

帰宅したら、
カミさんから
「はい。トーデンの・・・」
と言って
第二次見舞金が振り込まれたので
ひとり頭「8万円」を渡された。

降って湧いたような
誕プレみたいで
ラッキーだった。

・・・なので、
ゆんべは、一晩、床ん中で、
(さーて、何に、使うぅべぇか・・・)
と、あれこれ思案してみたが、
食べたいものも
欲しい物も
なーんにもないので、
どーしたもんか・・・と、
ぜーたくな悩みに耽りながら
寝落ちした(笑)。

第一次の時は
「7万円」もらい、
庭用の電動草刈り機を買ったが、
振動が激しくて、15分も使用すると
『白蝋病』 (振動障害)になりそうで、
3度ほど使って、今はホコリを
被っている(笑)。

白蝋病は、
手の血管の痙攣性収縮や
手指が蝋燭のように白色化する
(レイノー現象)が起り、
慢性的な痺れや感覚鈍麻、
握力低下、疼痛が生ずる障害である。

前回は、予算をケチッて
ワイヤー式という安いものを買ったので、
あんまり効率よく刈れず、
次は回転ソー式を買おうと思ったが、
激しく振動するのは一緒なので、
迷いもしている。

カミさんが、
『辰年 大吉』のポチ袋と
一緒に渡してくれたので、
リク坊が帰省したら
また、新券一枚は
お年玉にあげることにした。

*

永らく希死念慮の改善しない
JCの箱庭療法の二回目を行った。

『動物たちのコンサート』
というタイトルで、
明るく楽しげで華やかなので、
どうして、これで、
希死念慮がなくならないのか・・・と、
頭を△にして考えている。

家庭環境や生育歴で、
たしかに思い当たる事は
あるのだが、
2回の箱庭の表現だけでは、
それは見いだせない。

あしたは、
所属する3人のみの合唱部で
小学校のXmasコンサートに
参加してくるというので、
楽しんでくるように
声援した。


 

 

 

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セントアンドリュース・バッジ

2023-12-15 08:43:52 | オシャレ

 

あと十日後は
早、Xmasである。



かつて、
勤務していたT中の
カウンセリング室のゴムの樹に
生徒と一緒にオナメントを
飾り付けたのを懐かしく
思い出した。

勤務中、
水やりをして
大事に育ていたら
天井に着くまでに成長して、
支え木が必要になるほどだった。

**

当時、勤務していた
スコットランド出身の
若い女性AETから
セントアンドリュースの
本物のバッジをもらった。

なんでも、
お爺ちゃんが勤めていたとかで、
家にいくつかあったうちの
一つだという
貴重なお宝である。

ゴルフ発祥の地であり
全英オープンの舞台ともなる
名門コースである。

ヘタッピながら
ゴルフもちょいちょいやっていたので、
これは嬉しくも誇らしいバッジで、
ゴルフをやる人たちに
自慢して見せていた。

そして、
職場への装いにも
ラペルピンに仕立てて
スコティッシュ・ファッションで
出勤していた。

*

ドレスシャツの
ボタンカバーの
カフリンクスも見つけ、
フルコーデにしばしば
装着していた。

*

ネクタイが面倒な日は、
時折、スリーピースに
ループタイも合わせてみた。

厚手のヘリンボーン・スーツと
マリアージュさせると
さながら
セントアンドリュース界隈を
たむろする老爺のような
井手達であった。

*

きのうは
二人も欠席キャンセルがあり、
いつもなら
教材研究と称して
常時携帯している楽譜集を取り出して
ギター曲の譜読みやら
練習やらをするのが常だが、
きのうは風邪気味だったせいか
その意欲が湧かなかった。

代わりに、PCで
Amazonブラウジングをして
今、製作中の古楽器の
ロゼッタ(薔薇窓音孔)に
使えそうな透かし彫りを
探していた。

そしたら、
「木工組子セット」や
「木製コースター」の中に
いくつか、よさげなものがあった。

*

すぐに購入するのではなく、
まずは、試しに、一つを
プリントアウトして
薄く削った木に貼り
そのデザインを掘ってみようと
考えた。

そしたら、
購入するよりも
遥かに安上がりである(笑)。

*

工房内に溜まる端材を
いくつかピックアップして、
表面板に貼るブリッジを取るのに
罫書きしてみた。

まだ、バンドソーの修理が
あがってこないので、
それまでは代用として
これまでのイトノコで
ギコギコやろうかと思っている。

来週から
三週間の冬休みなので、
集中して、製作に没入するつもりだが、
なんとか、年末までには
メイン切断機の修理が
終わってほしいものである。








 

 

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朝ラーのある街

2023-12-14 08:22:30 | 食べ物・飲み物

「ラーメンの街」喜多方には
朝から提供する
「朝ラー」という文化があり、
かねがね羨ましく思っていた。

そしたら、
市内にも、また一軒登場し、
いつの間にやら三軒になった。

オフ日のきのう、
さっそく試食に出かけた。

 



『手揉み中華そば』(800)は
ややお高めだが、
味はあっさり穏当なものだった。

麺は中太平打ちで
「白河ラーメン」風だった。

スープは鰹節の香りが
際立っていた。

*

叔母さんから
喜多方ラーメンの
箱詰めをもらったので、
カミさんと二人で
賞味期限切れになる前に
せっせと頂いていた。

カミさんは
チャンポン面に仕立ててたが、
そのスープに
生クリーム、バター、
パルミジャーノを加えて
さらに濃厚スープとしてみた。

*

製作中の
リュートフォルテ用の
ロゼッタ(薔薇窓)を
パーチメント(羊皮紙)に
型を貼り付けて
切り抜き作業をやった。

毎回、デザインカッターを
入念に砥石で刃先を研いでから
切り出すが、それでも、
人差し指に力が入るので、
半時もやっていると
関節が戻らないほどに
ゴジゴジになる。

3㎜のポンチでは
硬い黒檀の台の上で
金槌で叩いて
孔をくり抜いていく。

*

リュートフォルテの
胴体裏(ボウル)と
ネックの裏側を
天気の良い日を選んで
ラッカー塗装をしている。

ホワイトスプレーを10本購入して、
すでに、7本を塗布したので、
かなり塗膜は厚くなってきたが、
あと3本を使い切ったら、
サンドペーパーを濡らして
「水研ぎ」という工程で
削って均していく。

***

9本の楽器のパーツを
同時進行で製作している。

表面板の裏には
補強の役目と
音響(音量・音色)を司る
「力木」を貼り付ける
「バーリング」という工程がある。

この配置により
音色が変わったりするので、
9本のパーツそれぞれを
微妙に変えて、仕上がりの
変化をも見ようとも思っている。

***

最近では、
オフ日は工房に籠りっきりで、
ベッドでゴロゴロする
怠惰な過ごし方が減ってきたのは
よい傾向である(笑)。

来週からは
三週間の冬休みになるので、
年末年始は
文字通り『日々、リューティエ』に
なりそうである。


 

 

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重税に苦しむ・・・ ε= (•ω•`;)϶ 

2023-12-13 08:16:27 | 社会問題

 

連日の「パー券不正」報道で、
やっぱりキシダ派も
関係していたという。

最近、
「適切に処理する」
ってな決まり文句ばっかり
聞かされるが、
国会閉会の暁には
きっちり「御用!!」と
不正の主たちを取っ捕まえて
もらいたいものである。

そうでなきゃ、
増税・悪政に辟易させられている
国民の溜飲が下がらない。

*

欠陥だらけの
マイナカードに
未だに拘泥し、
医療現場や役所では
大混乱を招いているという。

利便性どころか
「紐づけ」ミスの連発で、
不便このうえない始末である。

なのに、紙の保険証を
来秋には完全廃止すると
明言しているので、
アタマがおかしいとしか思えない。

きっと、オカシイのだろう・・・。
そういう人間たちを
国政に送った国民の
自業自得ともいえる。

*

今年の漢字が「税」になって
それを揮毫する僧侶を見て、
カミさんが、
「もっと、いい字にしたらいいのに・・・」
と、こぼしていた。

給与明細を渡された日に、
2割も所得税が取られ、
尚且つ、介護・保険税で1割、
市民税で1割・・・と、
だまって4割も取られてるので
なんだか労働意欲が減ずるようだった。

それに加えて、
消費税にガソリン税、
道路税、酒税、固定資産税・・・と、
ムシリとられてるから、
さる税理士の試算では
6割弱をおカミに徴取されている。

そうして国民から吸い取った税収を
700人も要らない国会議員の給与にしたり、
湯水のように海外に援助したり、
バカげた五輪や万博に投じたり・・・と、
ロクな使い道にしかしていない。

そうやって、
赤字国債を発行しては、
累積1200兆円もになっている。

いってみりゃ、
国という「会社」は
とっくの昔に「破産」してるのに、
尚も、借金を重ねようとしているから
「今だけ、金だけ、自分だけ」
の支離滅裂の状態である。

これを精算するには、
以後、無駄な歳出をカットして
間接税を排し
直接税の累進課税制度を
復活するよりないだろう。

*

最近、お気に入りの豆腐屋で
豆腐や揚げを買っては、
無料サービスの「おから」を
もらってくるので、
カミさんが炊くと
三日分くらいは裕に菜となり、
連日、ベントのおかずにもなっている(笑)。

昭和も中期の頃は、
ビンボー人の代名詞のようなオカラだが、
その実、豊富な栄養素を含んでいる。

大豆タンパク質
食物繊維
大豆オリゴ糖
カルシウム
カリウム
大豆イソフラボン

・・・などなど。

なので
「0」円サプリみたいなもんで(笑)、
味もいいので飽きることもない。

***

前夜に工房にて
表面板を七枚も製材したので、
音孔を飾るロゼッタ用の
溝彫りの治具を
Amazonで1163円で購入した。

商品名がわからず、
いろいろ検索して、
やっと「自由錐」と言うんだと知った。

これをボール盤に取り付けて回すと
幅2㎜くらいの溝が切れて
そこに細木を象嵌の要領で
埋め込んで飾りとするのである。

Amazonに注文ついでに、
工房内のパソコンで
YouTubeでの「落語」や
「対談」を聴きながらやってるので
音量を増幅するのに、アンプ付きスピーカーを
これまた803円という廉価で購入した。



毎月、給料日には
工房内の工具や治具を
少しずつ購入している。

ダイソーの工具コーナーでも
220円の安価なものがあり、
クランプ類はよく買って来る。

*

10年ほど前に
発表会でとりあげた
フォーレの『夢のあとに』を
久しぶりにさらってみた。

好きな名曲のひとつだけに、
弾いていても
うっとりするような曲想に
酔うことが出来た。

いちどは暗譜した曲なので、
もすこし復習したら、
録音してCD化しようと思っている。

***

facebookの
「過去ログ」の振り返り機能で、
かつて投稿した
「お洒落」シリーズを見て、
「喪服も挿し色で、
アダルトなジャケットに変身~!!」
というのに笑えてしまった。

ラペルピンに凝っていた頃、
カミさんが誕生プレゼントにくれた
金色の「ト音記号」を
ちょいちょい付けては
胸元のオシャレをしていた。








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心を種子として言の葉と為す

2023-12-12 08:57:32 | 箴言

 

きのうは
希死念慮を持つ
常連の文学少女と一緒に
「道歌」を味わう
「短歌療法」を行った。



授業では教わらぬ
こうした
「生きる道標」のような事を
心理教育の一環で教えるのも
サイコセラピストの役割である。

古典文学に精通している生徒には
雅味のある短歌が
箴言や格言のように浸透し、
その「言霊」によって
生きる力が醸成されると信じている。

自分の小中高生時代には
心理カウンセラーなぞいなくて、
誰もこのような事を
教えてくれはしなかった。

*

先日、岩角寺で
急峻な石段をいくつも登っていたら
「あせらない一休み」
という道標があり、
ついつい目が留まり、
それに従った(笑)。

我々の行動は
闘争や逃避という
本能的なものに加えて、
脳内で言語変換される
思考によるものがある。

それゆえに、
時として「こころ」は
「ことば」に支配される
という現象が起こり得る。

殊に「呪詛」なぞは、
現代にも生きており、
ネット内で誹謗中傷されて
自死する者たちが後を絶たない。

「呪い」の字には
「口」が二つも入っている。

似た字の「祝い」は、
「神」を表す「ネ」(しめす偏)と
「口」であり、「こころ」を
喜ばせ癒してくれる。

「口」から発せられる「言の葉」が
人を殺しもし、生かしもするのである。

「言(こと)」は「事(こと)」と同源で、
「口から出て事実になり得るもの」
という意味だったが、
「事実を伴わない口先だけの事」
として「言の葉」という説がある。

また、「言の葉」の「葉(は)」は
「端(は)」と同源で、
『枝葉末節』のように
「端っこの重要でないもの」
「たくさんのもの」
という意味を持つので、
「言の葉」とは、口から出る
様々な事(言)という意味でもある。

『古今和歌集』には・・・
 
 やまとうたは
  ひとのこころを
   たねとして
    よろずの言の葉
     とぞなりにける

(和歌というものは、
ひとの心を種にして、たくさんの言が
葉っぱのように茂ったものだ)
・・・と、ある。

*

『日本餡子党』を結党しようかと
思うほどに、餡子に偏愛がある(笑)。

なので、
冷蔵庫には
幾種類も常備しているが、
キレると、カミさんも
黙って補充しといてくれる(笑)。

最近では、
世界各国にも「ANKO」と
知られるようになったが、
諸外国では煮豆を甘くすることには
抵抗があるようである。

それでも、小豆の
ポリフェノールなどが
赤ワインに匹敵するというので
大豆などと同様に健康食品としても
注目されつつある。

昭和生まれにとって、
昔は、甘味の主流は
「餡子もの」だったので、
その郷愁もあるのだろう。

鶯餅は漉し餡。
大福は粒あん。
笹巻ダンゴも粒あん。
羊羹は漉し餡。
アンパンは両方あったっけ・・・。

夕食後に、
仕上げのデザートとして
ひと匙、〆の甘味を楽しむのは
案外にいいものである(笑)。

*

前夜が牡蠣鍋と
蓮根の挟み揚げだったので、
残った牡蠣をオイスターソースで
炒め直してベントのおかずにした。

きょう日、
ホカ弁屋やコンビニで買えば
ワンコインほどにもなるのが、
手作りベントは
原価50円ほどなので、
ここで節約して
月に一度はドーンっと
懐石やフレンチ、鮨で
“おごっつぉ”(ご馳走)を
楽しんでいる(笑)。

こういうのを
亡き親父は、麻雀のたびに、
こつこつ上がって満貫を喰らうと
【納豆売りの女郎買い】
と言っていた(笑)。

どちらも
昭和の頃にあった風物だが、
平成・令和には
すたれたものである。

**

かねがね、
松茸の軸は食するのに、
なんで椎茸は食さないのだろう・・・
と、疑問に感じていた。

そしたら、ネットで、
軸には笠よりも
豊富な栄養分が含まれているという。

ならば、喰わない手はない。

ただ、やはり、
歯応えがあり過ぎて
いささか食感がよくない事は
確かである。

少なくも、
マツタケのように
シャクシャクとして
心地よい噛み応えはない。

それでも、
クタクタになるまで煮ると、
プツリと噛み切れる
独特の食感を持つ。

・・・てなわけで、
最近は、この軸も
廃棄することなく、
出汁にも食材にも用いている。

ただし、他のキノコ同様、
軸先の部分だけは
菌糸が付着しているので、
切除したほうがいいという。

***

最近、老け込んだせいか・・・
坐骨神経痛や顎関節症による
気鬱感があるせいか、
とんと、ネクタイをして
スリーピースのフルコーデの装いで
出勤しようという気が失せている。

初冬の今頃だと、
秋口から着ている
超軽量の薄でのブレザーに
長袖のポロシャツ・・・という
いでたちが、いちばん肩が凝らず
快適感がある。

スーツを着たがらなくなったのも、
ジジイになったんだなぁ・・・と、
洒落っけが失いつつある今日を
恨めしく感じている。

つい数年前までは、
スーツとウエストコートのバランス、
ドレスウォッチの色と
シャツのカフリンクスとの
コーデまで気遣っていた。

お洒落を楽しむにも
こころのエネルギーが要るんだなぁ・・・
と、疲れ気味の昨今では
遠い昔のように
かつての自分のフルコーデ姿を
眺めている。













 

 

 

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