*本稿は筆者が1990年から1992年までマレーシアのボルネオ(サラワク州ミリ市)で石油開発のため駐在した時期に思いつくままをワープロで書き綴り日本の友人達に送ったエッセイです。四半世紀前のジャングルに囲まれた東南アジアの片田舎の様子とそこから見た当時の国際環境についてのレポートをここに復刻させていただきます。
第5信(1991年1月)
あけましておめでとうございます。遥かな南洋の国から新年のご挨拶を申し上げます。クリスマスカードや年賀状を当地あるいは留守宅にお寄せいただいた方々にはこの場を借りてお礼申し上げます。
湾岸危機が頂点を迎えようとしている中でこの便りをしたためております。これが皆様のお手元に届くころには、新たな様相を呈しているでしょうが、私自身の会社が深くかかわっているだけに、何とか戦争だけは避けてほしいところです。17日には海部首相がASEAN歴訪の最初の一歩をマレーシアに印す予定でしたが、残念ながらそれも中止になりました。
世界各地でイデオロギー・民族・人種・貧富等々の対立による紛争が頻発している現在は、国際的影響力が小さく平穏なマレーシアのような国は、ともすれば忘れられがちなため、今回の首相来訪でマスコミがこの国のことを報道してくれるものと期待したのですが、どうやら空振りに終わりそうです。そこで当国の現状を理解する一助として最近公表された経済指標をいくつか並べてみます。
1990年のGDP成長率9.4%、一人当たりの所得6,147リンギ(邦貨約30万円)。輸出の伸びは19.5%、輸入は23.7%の伸びを示し、ここ数年高度成長を持続中。昨年の貿易収支は66.7億ドルの黒字で、中央銀行の外貨準備高は90億ドルとなる。物価は2.3%の上昇にとどまり、失業率も6.3%と低水準。
経済が好調に推移する一方、政治は昨年11月に行われた総選挙で与党連合が大勝し、国民は過去9年間続いたマハティール政権にさらに4年間の支持を与えました。戦後ずっと自民党が政権を維持している日本から見れば、その程度かと思われるかもしれませんが、世界を眺めればそのような日本こそむしろおかしいことに気づかれるでしょう。しかも、マレーシアはマレー人50%、中国人30%、インド人その他20%の複合民族国家であり、さらにイスラム教、キリスト教、ヒンズー教及び仏教の各種宗教があります。また、各地のスルタン(日本の大名のようなもの)は今も膨大な富と権力を保証されており、一方、マレー半島と地理的・歴史的成り立ちを異にするサラワク、サバは中央政府と一線を画す姿勢を崩さず、マレーシアは自治権の強い13の州から成る複雑な連邦国家です。
複合民族、多宗教の国では民族独立運動、宗教対立などが続発し、連邦中央政府を悩ませています。ソ連がその好例で、東欧、インド、チベットから果てはアフリカ各地での部族紛争など枚挙にいとまがありません。それでいて人種のるつぼと言われる米国やここマレーシアに紛争が無い(皆無とは申しませんが)のは何故でしょうか。
豊かさと自由がその大きな理由であることは無論ですが、当地に一年余り生活してもう一つの理由を見つけました。それは一つの民族あるいは宗教集団が特定の地域に集まっている国では、紛争が発生しやすいのに比べ、この国では市街地に中国人やインド人が生活し、その周辺にマレー人が住むと言うパターンが全国的です。このように特定の州に民族・宗教が偏在していない国では、対立がそれほど明白にならないようです。米国でも黒人その他の非白人が市街地に住み、白人が郊外に住むと言うパターンであり、そのためカリフォルニア州独立運動と言った物騒な話は起こらないようです。
豊かで平和な日本に生まれたことに感謝しつつ、今年の皆様のご繁栄とご多幸をお祈りします。
(続く)
本稿に関するコメント、ご意見をお聞かせください。
前田 高行 〒183-0027 東京都府中市本町2-31-13-601
Tel/Fax; 042-360-1284, 携帯; 090-9157-3642
E-mail; maeda1@jcom.home.ne.jp