*本稿は筆者が1990年から1992年までマレーシアのボルネオ(サラワク州ミリ市)で石油開発のため駐在した時期に思いつくままをワープロで書き綴り日本の友人達に送ったエッセイです。四半世紀前のジャングルに囲まれた東南アジアの片田舎の様子とそこから見た当時の国際環境についてのレポートをここに復刻させていただきます。
第8信(1991年10月)
最近の世界政治の目まぐるしさは驚くばかりです。今の世の中は誰でも国際問題評論家になれそうで、むしろ本職の評論家は、一歩予測を誤ればマスコミから抹殺されてしまいかねず、枕を高くして寝られないのではないでしょうか。そんな激動する世界情勢の中、当地で最近行われた州選挙の話をしたとしても、それがどうした、と一蹴されそうですが、つい先日、天皇、皇后両陛下がこの国を訪問されたニュースをご覧になった方も多いかと思い、そのご記憶が残っている内であれば、多少興味を抱いていただけるでしょう。
マレーシアはマハティール首相のもとで長期安定政権が続いています。ただ、この政権は日本のような自民党一党ではなく、国民連合と呼ばれるいくつかの保守政党の連合政権です。この国はマレー、中国、インド、ボルネオ現地人等の諸民族から成り立ち、イスラム、仏教、ヒンズー教、キリスト教等の宗教に彩られた複合多民族国家であり、さらに地域的にもポルトガル植民地時代からの古い歴史を持つマラッカ州から、つい最近まで未開のジャングルであったサラワク州まで各州の生い立ちも違うため、支持基盤の違いでいろいろな政党が並立しています。
サラワク州にもいくつかの政党があり、小選挙区制のもとで50あまりの議席が争われ、結果は与党3派連合が圧勝、野党第2党はわずか7議席を確保しただけで、その他の民族政党(社会主義政党はありません)及び独立候補は全敗しました。しかもこの野党第2党も実は全国レベルのマハティール政権下では国民連合の一角を占めており、州選挙に敗れるや直ちに与党3派連合への参加を表明したのですから、もしこれが実現すれば州議会は一党独裁になる訳です。野党側の選挙スローガンはサラワク州にもっと国の富の分け前をよこせ、サラワク人の社会・経済的地位を向上せよ、というものでした。実際、国家収入のかなりの部分はサラワク州が産出する石油と木材にあるにもかかわらず、その大半が中央政府に吸い上げられているのが現状で、野党の訴えは地元感情にぴったりだったのです。このため選挙前の予測では野党有利と見られていました。
しかし、結果は与党の圧勝に終わりました。これには中央政府の多少露骨とも思えるテコ入れがあったのも事実ですが、野党のキャンペーンは民族及び地域の対立を高めるだけの無益な争いである、と訴えた与党の作戦が都市の中産階級を中心に幅広い支持を集めたことが勝因のようです。今や毎晩CNNニュースを見ているサラワクの有権者達は、一見格好よく見える民族独立運動や地域利益優先主義が世界各地でどのような結果をもたらしているかを知り、マレーシア全体の繁栄を優先させたようです。マレーシアが今後さらに繁栄することは間違いなく、国の舵取りさえ誤らなければ数十年先には世界の一流国の仲間入りを果たすのも夢ではないと部外者の私すら確信します。サラワクの有権者はそう信じて与党に自分たちの命運を託したようです。
一党独裁は危険であるとか、社会主義政党が無いのは真の民主主義が育ってないからだ、と外野席から騒ぐ人もいますが、それはいずれこの国の人々が自分自身で決める問題でしょう。
(続く)
本稿に関するコメント、ご意見をお聞かせください。
前田 高行 〒183-0027 東京都府中市本町2-31-13-601
Tel/Fax; 042-360-1284, 携帯; 090-9157-3642
E-mail; maeda1@jcom.home.ne.jp