朝倉 かすみ, 中島 たい子他 「泥酔懺悔」読了
お酒、とくにお酒を飲む行為について書かれたアンソロジーだ。筆者が女性ばかりというのが面白い。11人の作家、漫画家、俳優などが書いている。
ほとんどの作家が1960年代の生まれのひとというのは、ちょうどこのころに男女雇用機会均等法が施行されたことと関係があるのだろうか。それまでの女性というのは社会的には大半が男性の陰に隠れていてお酒を飲むというのも大っぴらにできなかったということがあったのかもしれない。
「懺悔」と書かれているが、特に酒の席での失敗談ばかりではなく、それぞれのお酒にまつわるエピソードという感じだが、酒の種類や銘柄にこだわったり、シチュエーションにこだわった書き方がされていないのがやはり女性らしい書き方のように思う。
最近はやたらと飲んでいる。それも昼間っからだ。休日は午前中に釣りを含めてやりたいことをやってしまって、午後からは撮り溜めしたビデオを見ながら洋酒や焼酎を炭酸で割ったものを飲んでいる。(エアコンのない蒸し暑い部屋で・・)テレビにハードディスクをつないだらBSやCSの番組を簡単に録画できるようになった。だから見るものには事欠かない。今年の夏は暑かったので、よけいに外に出る気もおきず、日差しのおかげで庭に植えているミントは豊作だったのでなんちゃってモヒートや偽物カンパリソーダを作るとジュースのようにゴクゴク飲めてしまう。
こんなことやってたらアカンよなと思いながらも時間になると飲みたくなってくる。もう、これは中毒になっているんじゃないだろうかと怖くなる。
そんなに飲みながら全然アルコールにはまったく強くない。昨日も帰りの電車のなかで缶ハイボールを飲んでいたら、本の活字は追っているが内容がまったく頭に入っていなかった。まあ、これは北大路魯山人の文章を読んでいたということもあるが・・。
そしてこれを書いている翌日、なんだか背中がだるい。肝臓が疲れているのかもしれない。
「ゲーム脳」というものがあるそうで、テレビゲームをやりすぎるとこんな人間になるらしい。
『この人たちは、ほとんど会話をせず1日を過ごすパターンでした。コミュニケーションがほとんどなく、昼休みもひとりで弁当を食べるだけです。
表情が乏しく、身なりに気をつかわない人が多いようです。気がゆるんだ瞬間の表情は、痴呆者の表情と非常に酷似しています。ボーッとしているような印象です。自分勝手であること。羞恥心がないこと。そういった人間らしさが乏しい印象の人は、ゲーム脳人間か、ゲーム脳人間になりかかっている危険があります』
なんだか、アルコールに弱い人が毎日酒を飲み続けてもこんな人間に堕ちていっているような気がする。
いつかは抜け出さねばと思いながら僕も懺悔するのである。
ここからは与太ばなし・・。
先日、詐欺師に間違われた。僕の今の仕事は、登録している顧客にいろいろなものを売り込むというものだ。要は、別段必要もないものを無理やり売るというもので、家によくかかってくる電話セールスだ。若干の違いは、相手が了解済みで個人情報を提供しているというところだけだ。
お肉いりませんか?とか、スイカ食べごろですよなど、最近はぶどうを売っている。僕が家でこんな電話を受けるときの反応も同じだが、大体うっとうしいと思われている。口調でわかる。
そんな電話の向こうのひとに対していつも思っている。この人たちはその仕事に誇りを持っているのだろうかと。いつかは真剣に聞いてみたい。
そして僕はそう思われている側の人間になってしまった。
そんな電話に加えて、支払いの悪い客に「今月、まだ落ちてませんけど・・。」というような電話もしている。
そんな相手のひとりに詐欺師呼ばわりされたというわけだ。銀行から落ちてないと言っておいて二重に盗ろうとしているんだろうというのだが、わざわざそんなことをしてたった26000円をだまし盗ろうと思わないし、そもそも来月引き落としますから口座に入れておいてくださいとしか言っていないのにどうやってだまし盗れるというのか・・。
わざわざ折り返しの電話をしてきて、電話した人間が実在しているかを確かめるというのだから、本気で詐欺師と思ったのだろう。
しかし、これが電話の向こうの人たちが僕に抱くおそらくは最大公約数的な印象だと思う。無駄な消費が経済を回しているのだから大切な仕事だというのはまったくの方便だ。お給料をいただくためとはいえ、なんと下賤な仕事をしているのだろうと、詐欺師になってみてあらためて思うのだ。
お酒、とくにお酒を飲む行為について書かれたアンソロジーだ。筆者が女性ばかりというのが面白い。11人の作家、漫画家、俳優などが書いている。
ほとんどの作家が1960年代の生まれのひとというのは、ちょうどこのころに男女雇用機会均等法が施行されたことと関係があるのだろうか。それまでの女性というのは社会的には大半が男性の陰に隠れていてお酒を飲むというのも大っぴらにできなかったということがあったのかもしれない。
「懺悔」と書かれているが、特に酒の席での失敗談ばかりではなく、それぞれのお酒にまつわるエピソードという感じだが、酒の種類や銘柄にこだわったり、シチュエーションにこだわった書き方がされていないのがやはり女性らしい書き方のように思う。
最近はやたらと飲んでいる。それも昼間っからだ。休日は午前中に釣りを含めてやりたいことをやってしまって、午後からは撮り溜めしたビデオを見ながら洋酒や焼酎を炭酸で割ったものを飲んでいる。(エアコンのない蒸し暑い部屋で・・)テレビにハードディスクをつないだらBSやCSの番組を簡単に録画できるようになった。だから見るものには事欠かない。今年の夏は暑かったので、よけいに外に出る気もおきず、日差しのおかげで庭に植えているミントは豊作だったのでなんちゃってモヒートや偽物カンパリソーダを作るとジュースのようにゴクゴク飲めてしまう。
こんなことやってたらアカンよなと思いながらも時間になると飲みたくなってくる。もう、これは中毒になっているんじゃないだろうかと怖くなる。
そんなに飲みながら全然アルコールにはまったく強くない。昨日も帰りの電車のなかで缶ハイボールを飲んでいたら、本の活字は追っているが内容がまったく頭に入っていなかった。まあ、これは北大路魯山人の文章を読んでいたということもあるが・・。
そしてこれを書いている翌日、なんだか背中がだるい。肝臓が疲れているのかもしれない。
「ゲーム脳」というものがあるそうで、テレビゲームをやりすぎるとこんな人間になるらしい。
『この人たちは、ほとんど会話をせず1日を過ごすパターンでした。コミュニケーションがほとんどなく、昼休みもひとりで弁当を食べるだけです。
表情が乏しく、身なりに気をつかわない人が多いようです。気がゆるんだ瞬間の表情は、痴呆者の表情と非常に酷似しています。ボーッとしているような印象です。自分勝手であること。羞恥心がないこと。そういった人間らしさが乏しい印象の人は、ゲーム脳人間か、ゲーム脳人間になりかかっている危険があります』
なんだか、アルコールに弱い人が毎日酒を飲み続けてもこんな人間に堕ちていっているような気がする。
いつかは抜け出さねばと思いながら僕も懺悔するのである。
ここからは与太ばなし・・。
先日、詐欺師に間違われた。僕の今の仕事は、登録している顧客にいろいろなものを売り込むというものだ。要は、別段必要もないものを無理やり売るというもので、家によくかかってくる電話セールスだ。若干の違いは、相手が了解済みで個人情報を提供しているというところだけだ。
お肉いりませんか?とか、スイカ食べごろですよなど、最近はぶどうを売っている。僕が家でこんな電話を受けるときの反応も同じだが、大体うっとうしいと思われている。口調でわかる。
そんな電話の向こうのひとに対していつも思っている。この人たちはその仕事に誇りを持っているのだろうかと。いつかは真剣に聞いてみたい。
そして僕はそう思われている側の人間になってしまった。
そんな電話に加えて、支払いの悪い客に「今月、まだ落ちてませんけど・・。」というような電話もしている。
そんな相手のひとりに詐欺師呼ばわりされたというわけだ。銀行から落ちてないと言っておいて二重に盗ろうとしているんだろうというのだが、わざわざそんなことをしてたった26000円をだまし盗ろうと思わないし、そもそも来月引き落としますから口座に入れておいてくださいとしか言っていないのにどうやってだまし盗れるというのか・・。
わざわざ折り返しの電話をしてきて、電話した人間が実在しているかを確かめるというのだから、本気で詐欺師と思ったのだろう。
しかし、これが電話の向こうの人たちが僕に抱くおそらくは最大公約数的な印象だと思う。無駄な消費が経済を回しているのだから大切な仕事だというのはまったくの方便だ。お給料をいただくためとはいえ、なんと下賤な仕事をしているのだろうと、詐欺師になってみてあらためて思うのだ。