イレグイ号クロニクル Ⅱ

魚釣りの記録と読書の記録を綴ります。

「ここはとても速い川」読了

2021年08月16日 | 2021読書
井戸川射子 「ここはとても速い川」読了

著者は兵庫県在住の国語科教諭で詩人だそうだ。初めて出版した詩集が中原中也賞を受賞したということなので相当才能のあるひとなのだろう。特に私家版の著作で受賞するというのは稀なようである。そのひとが初めて書いた小説がこの作品らしい。
タイトルになっている作品と、もうひとつ。「膨張」という作品が収録されている。
8月は小説を読む月になり、これで3冊目になった。

「ここはとても速い川」は児童養護施設に暮らす少年が主人公だ。文体が変わっていて、各章の最後が体言止めになっていたりしたのでこの作家はどんな人なのだろうと調べてみたら上記のようなプロフィールであった。本を読んでいる途中では先入観を持たないようにそういうことを調べないようにしているのだが今回は先に調べてしまった。「膨張」の主人公はアドレスホッパーという、定住する家を持たずに移動しながら生活する女性である。
どちらの主人公も、一般的な人の目から見ると境遇としてはあまり幸福ではないひとのように見える。(アドレスホッパーの女性はそういう境遇に望んで身を置いているのではあるが)しかし、主人公たちはその境遇を、不幸とも思っていないし逆境にもめげず生きていくという風でもない。
特に大きな事件が持ち上がるという風でもなく、「ここは・・」のほうは主人公の年下の友人が施設を去るまでの半年間あまりの物語。少年は一般家庭の友人とも交流し、普通の子供が経験するような小さな冒険と出会いと別れが描かれる。アドレスホッパーの女性も職がなく住所不定になっているのではなく、塾講師という職業を持ち、実家とも交流を保っている。唯一少し普通と違うことといえば、それもすでに昔に普通の感覚なのだろうけれども、同性愛者の傾向があるということくらいだ。しかしそれが普通の生き方だと思っているし、それに対する将来の不安を持っていないようにも描かれている。
しかし、主人公や登場人物は心の片隅で寄り添ってくれるひとを求めている。養護学校の少年は去ってゆく年下の友人を、アドレスホッパーの女性はパートナーとして時々会う女性を。物語の中ではそれぞれ友と、パートナーと離れてゆくのだが、小さな悲しみと大きな怒りが主人公に付きまとう。幸せでなくてもいい、ただ生きていたいだけなのだと叫んでいるようでもある。

著者はこの物語を通して何かを語りたいと思っているはずなのだがこんなことくらいしか思い浮かばない。
だから今回は原稿用紙2枚分あまりで終了・・・。


コメント
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