イレグイ号クロニクル Ⅱ

魚釣りの記録と読書の記録を綴ります。

「トウガラシ讃歌」読了

2021年08月10日 | 2021読書
山本 紀夫/編 「トウガラシ讃歌」読了

今年もトウガラシの季節がやってきている。もう、何年になるだろうか、叔父さんの畑で栽培してもらっている激辛韓国トウガラシは今年もたくさんのトウガラシを実らせている。そして、いつもと同じ品種のはずなのだろうけれども今年のトウガラシはやけに大きい。



多分、例年の1,5倍くらいの大きさなくらいはあるのではないだろうか。そして、毎年、3株植えてもらっているうちで実りが多いのが一株で残りの二株はいまいちなのだが今年は3株ともよく実っている。たった3株でも連作障害を避けるため植える場所を転々と移動させてくれているのだが、今年はいい場所にでもあたったのだろうか。辛さももちろん申し分ない。
それに加えて今年は叔父さんの家の隣の農家からハバネロの苗をもらった。もちろん自分で育てる技術がないので叔父さんに丸投げで育ててもらっているが、それもやっと実をつけ始めた。もうしばらくすると赤く色づいてくるのだろうが、さて、どんな料理で食べてやろうかと思案しながら楽しんでいる。



青いうちに収穫したトウガラシはすでに柚子胡椒にするためにビン詰めにしてあり、今は赤くなったトウガラシをせっせと摘んで、乾燥させての薬味用と、ラー油、オリーブラー油を作るためにストックをしている。まだまだたくさん成っているのでもう少し摘んでおこうと考えている。

そんな時期にこんな本を見つけた。
編者は民族学、民族植物学、山岳人類学の学者だそうだ。執筆者は、民俗学、言語学、文学、農学の学者のほか料理人など多岐にわたる。テーマは世界のトウガラシの食文化だ。
トウガラシの原産地を振り出しに、伝播したルートをたどりながら20人の執筆陣がいろいろな国のトウガラシ食文化を紹介している。
前の本の感想にも書いたが、やはり外国のトウガラシ料理というのはどうも想像ができない。読み進めていくうちに、こういった本に取り上げられるトウガラシ料理というのは、ほとんどがトウガラシを薬味として使うのではなく、トウガラシそのものを食べる料理であるというのでピンとこないことがわかってきた。
僕もトウガラシが好きだけれども、あれを野菜として食べるという発想はさすがにない。これではトウガラシが好きであると自慢げには言えなくなってしまうのだ。

コロンブスがトウガラシをヨーロッパに持って帰ってきたのは西暦1943年だそうだ。新大陸を発見した翌年ということになるが、コロンブスもよほど気になった食材だったのだろう。しかし、ヨーロッパの国々ではもともと辛い物を食べる習慣がなかったのでそれほど広がりを見せなかった。ヨーロッパを通ってアフリカルートと中東を経てインドへ向かうルートのふたつで東の方へ広がってゆくのだが、アフリカもインドももともとショウガ類を食べる習慣があったのでトウガラシはすぐに受け入れられた。というか、ほぼすべての辛味の香辛料はトウガラシにとって変わられたといっても過言ではなくなった。
これは我が家でもそうで、冷ややっこのワサビ、ソーメンのショウガ、鍋物のポン酢の七味はすべて柚子胡椒にその立ち位置を譲ってしまった。柚子だけに”ゆず”られるのだ・・・。おそらく20年近く前にどこかのおみやげでもらって食べたのが最初だったと思うのだが、それほど柚子胡椒のインパクトは大きかった。
話は元に戻って、ヨーロッパではハンガリーという国は相当トウガラシを食べる国だそうだがこれはオスマントルコに支配されていた頃の名残だそうだから南方面からの逆輸入ということになる。
また、イタリアでもブーツのつま先に当たるカラブリアという地方だけはなぜだかトウガラシをたくさん食べるそうだ。もともと、食料の保存のために使っていたということであるがこのふたつの地域というのはかなり例外的なところということだろうか。

次の伝播先はアフリカと中近東だ。このふたつの地域はもっともその料理が想像できなかった。あまりにも食習慣がかけ離れすぎている。

そしてネパール、ブータンへと広がってゆく。このふたつの国は圧巻だ。高地にあってひっそりと人々が暮らしているというイメージがあるが、ものすごいトウガラシ消費国であるらしい。特にブータンはトウガラシを野菜として食べる筆頭の国で、初物はお寺にお供えするという。ブータンは仏教国で、精進料理にはニンニクやショウガ、ニラ、もちろんトウガラシなどの刺激のある食材はご法度のはずなのだが、お寺に備えるというのだから型破りとしか言いようがない。そして、ものすごい量をたべて、食べすぎてお腹を下してしまうというのが習慣らしいのでおそれいる。だいたい、幸せの国にトウガラシは似合わないだろうと思ってしまうのは僕だけだろうか。

インドについてはコラムとして日本を訪問したインドの芸術家について書かれていたのだが、この国の人たちは想像するとおりトウガラシを含めてスパイスをふんだんに使う国だから、日本の食は物足りなく、持ってきたトウガラシなどを足して工夫しながら日本の食事を食べていたそうだが、その量が4キログラムを10人で10日間で消費してしまったというのだからすごいとしかいいようがない。
中国人もトウガラシに魅了された民族らしく、都のあった北京周辺では辛い中華料理というものは元々無く、四川などの南方から辛い中華料理が入ってきた。結局、都の人たちは四川料理、(川菜)を好むようになり、北京料理(魯菜)は少しずつ衰退してゆく。
韓国も同じで、日本からもたらされたかどうかは別にして全土で好まれるようになった。これは庶民の食べ物として広まり、今でも韓国の伝統的な宮廷料理というものにはトウガラシはまったく使われていないらしい。

そして日本。日本人は今でもトウガラシというと、辛くないトウガラシ類を食べることを除いては薬味にちょっとだけ使うというくらいだ。僕も辛い物が好きとはいえ、それは薬味で食べるだけでそれも色が変わるほどふりかけたりはしない。ただ、日本全国辛いトウガラシは多種あり、地方ごとに呼び名も独特だ。それだけたくさんの地方名があるということは人々の生活に浸透しているということだろうが、そこはきっと韓国と同じように庶民の食べ物として広がったということだろう。出汁が主体の正統な日本料理の中ではなかなかトウガラシの出番はなさそうだ。
庶民のトウガラシというと、師の小説にも印象的なシーンとして登場する。戦後の混乱期、鶴橋のバラック街で主人公とその仲間がバクダンという密造酒を飲みながら、生の牛のレバーにトウガラシの粉をまぶして頬張っている。これが当時の底辺で暮らす人々の日常であったというのであるが、まさしくそこから新たな日本のトウガラシの文化が始まったのではないかと勝手に考えた。まあ、それはそれで日本の文化なのだろう。


最近、我が家で定番になりつつあるのが「コーレーグース」だ。もともと、このブログにコメントをいただくちからさんに沖縄県のお土産としていただいたものだ。島唐辛子という沖縄特産のトウガラシを泡盛に漬け込んだというもので、沖縄の食堂のテーブルには必ず置かれているものだそうだ。我が家ではその後、収穫してきたトウガラシを普通の焼酎に漬けて作っているのだが、この島唐辛子、キダチトウガラシという種類のトウガラシで本州などで栽培されているアンヌーム種とはまったく別の種類でトウガラシの中では極端に辛み成分をたくさん持っている種類らしい。
家で作ったものがどうも風味に欠けるなと思っていたのだが、泡盛と焼酎、韓国トウガラシと島唐辛子の違いは大きいようだ。ちなみにキダチトウガラシはスワヒリ語で「ピリピリ」というらしい。「名は体を表す」を地でいっている・・。
この、キダチトウガラシは南西諸島と小笠原で栽培もしくは生育していて、この種ももちろん中米原産なのだが、その伝播経路は東南アジアの大陸を経ずに海経由でここまで伝播してきたことがわかっているそうだ。トウガラシの辛み成分は哺乳類に食べさせず鳥類に食べてもらって種を遠くまで運んでもらう戦略のために生み出された成分らしいが、ここまで来るのには鳥が運んだのか、それとも人間が運んで来たのかというのはよくわからないそうだ。小笠原諸島と南西諸島のキダチトウガラシは種類としては少し違っているらしく伝播経路も違うと考えられている。小笠原諸島へは中南米から太平洋の島々を経由して鳥たちが運んできたという考えもあるが、コロンブスの時代よりももっと遠い昔の人たちがカヌーに乗って島伝いに小笠原諸島まで運んだのかもしれない。トウガラシは古くから薬としても重用されていたらしいから、彼らはこれさえあれば病気にならないと信じて携えていたのかもしれない。たかがトウガラシだがロマンをかきたてる。
この種は短日植物で冬に暖かくないと育たないらしく、南の方に行くとブロック塀の隅っこで雑草としても生えているというのに本州では育たない。それが残念だ。

健康面についても書かれている。
カプサイシンが反応する受容体(TRPV1)というのは、もともと43℃以上の熱に反応する受容体だ。体中にあるが、口の中のTRPV1はそれを「辛い」と認識するのでトウガラシは辛く感じる。
そのカプサイシンだが、たくさんの健康効果があると言われている。この本に挙げられているだけでも、胃粘膜の保護、発汗作用によるエネルギーの消費を高めるダイエット効果、排便促進、育毛促進、抗酸化作用、嚥下反応の正常化、敏感な感覚神経を麻痺させる効果などが書かれている。
これから老後を迎える僕などにもこれは必要と思われる効果もある。どこまで本当かは定かではないが、ダメもとでせっせと食べてゆこう。
ただ、食べすぎてもよくないらしく、胃粘膜をただれさせたり、下痢をもよおしたりしてしまうのは僕も経験済みだ。
その他、ビタミンEやカロテンなども豊富で、食物繊維も豊富だという。ついでに葉にもたくさんの栄養素を含んでいるらしいので一度食べてみてやろうかなどと考えている。


その他のトピックスでは、あのねのねのヒット曲に、「赤とんぼの唄」というのがあるが、あの歌のネタ元じゃないかと思うことが書かれていた。松尾芭蕉の弟子の其角はこんな俳句を残している。
「あかとんぼ はねをとったら とうがらし」
まさしくあの歌の歌詞そのものだ。それがどうしたという話なのだが、あのねのねの全盛期を知っている僕にとっては貴重なトリビアだ。
「赤とんぼの唄」の本当のネタ元は砂川捨丸・中村春代という漫才師のネタなのだそうだが、きっとこの漫才師は其角のこの俳句を漫才のネタに使ったに違いないと思うのである。


トウガラシの味は世界を席巻しつつあり、調味料と言えば塩しかないモンゴルでもトウガラシが流行しているそうだ。もっともっと世界中にトウガラシの波は広がっていきそうだ。僕もその波に葉乗り遅れないようにしたい。

コメント
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