4回目にして早くも焚き火の練習は渡船屋の休業日と決めていた禁を破ってしまった。
天気予報を見てみると、これから1週間は雨がなさそうだ。これはワカメ採りにはうってつけの条件だ。ただ、干潮時刻はお昼過ぎ。僕の採り方では潮が高くても採れないことはないのであまり気にしないのだが、予報では風が強そうだ。これが明日だとまったく穏やかな天気になるのだが、そこはサラリーマンの悲しさ。とりあえず準備だけして港に行き、船を出すのが無理なら諦めて、明日、改めて伝家の宝刀、ズル休みという有給休暇を取ってやろうと考えた。せっかく港に行って何もせずに引き返すのはもったいないので焚き火の禁を破ろうと考えてしまったのだ。
港に行く前に叔父さんの家に寄ると、久々に円卓会議が催されていた。蔓延防止で中断していたが、少し暖かくなってきたのと、みんな孤独に耐えられなくなってきたのだろう。
そこで時間を潰しながら叔父さんの家越しに防風林の木を見ているとやっぱり風が強い。これではとてもじゃないが船は出せそうにない。
午前9時半、会議の終了後に港に行き、焚き火の準備。当然ながら船頭は事務所に待機しているし、渡船客の車も停まっている。ボートのオーナーさんもひとりいて何かの作業をしているが、僕が焚き火の準備をし始めても誰も気に留める様子もない。途中で釣り客も帰ってきたが同じだ。人は意外と他人の行動には関心がないようだ。逆に僕のほうの自意識が過剰なようである。これからは堂々と焚き火をしよう。
今日も防風林から薪を拾ってきて着火の作業。今回も火打ち石でやってみた。やっぱり一発で着火せず、2回目のトライでやっと着火したのだが、これは息を吹きかける角度が重要なようだ。真上からではなく、少し下の方から吹き付けるのがコツだと感じた。まあ、朝いちなので焚き付けが湿っているということもあるのかもしれないが・・。
しかし、火が点くまでにはかなりの息を吹きかける必要があるので一瞬ボ~っとなる瞬間がある。ここ数日は駅までの途中で目眩を起こすことがないのでちょっとは心臓の具合も回復したのかと思ったが相変わらず全身の機能は衰えたままのようである。火打ち石での着火もあと数年すると無理になるかもしれない・・。
今日からはいよいよ調理実習だ。手始めに一番簡単な湯沸かしからだ。今日のメインの作業はワカメ採りなのでさすがに食材を持ってここに来るわけにもいかないし、まだ、僕の自意識が渡船屋の営業日にそれをやることを許さないのだ。
森に落ちている薪というのはけっこう湿っているようだ。一昨日は大雨で昨日もぱっとしない天気だったからだろうか、これは桜の木のようだが、切り口からはジュクジュクと水らしきものが湧き出てくる。なので、やたらと煙が出て目に染みる。それでも火の勢いというのはすさまじくどんどん大きくなってゆく。

頃合いを見計らってヤカンを投入。5分ほどで湯が沸き始めた。

ここでひとつ気がついたことがある。使っている焚き火台だが、意外と小さい。ヤカンを置くともう余裕がない。僕の焚き火の先生はヒロシなのだが、彼が使っているピコグリルというブランドの焚き火台はもう少し大きいはずだ。ピコグリルは1万5000円以上する商品だが、僕が買ったのは2560円の安物だ。中華製のものだが本家をコピーしているのでサイズも同じだろうと思ったのだがどうも違うようだ。これではふたつの調理を一度にできなさそうだ。これは残念だが、まさかこんな遊びの1万5000円もつぎ込むことはできないので我慢するしかない。
お湯を沸かして何をするか。アウトドアではコーヒーだろうと思うのだが、今日はお茶だ。ずっと前に試供品でもらったものがテレビの前に置いたままでこれを使ってやろうと考えた。試供品なのでティーパックにでも入っているのだろうと勝手に考えていたらパッケージの中にはお茶の葉だけが入っていた。仕方がないのでマグカップにそのまま放り込んでお湯を入れてみたが分量もマグカップ1杯分どころか急須ひと瓶分ほどあったようで、出来上がったお茶はやたらと苦い。あまり知らないことはやらない方がよいという典型となってしまった。
デザートは叔父さんの家の隣の玄関先に実っていた金柑だ。久しぶりというか、数十年ぶりに食べてみたが渋すぎるお茶にはなんだか妙にマッチしている。

調理実習の最終目標はご飯を炊くことだ。炊飯器を使わずにお米を炊くのはかなり難しいと聞いている。僕もキャンプで一度ビールの空き缶を使ってお米を炊くというのをやってみたが出来上がったものは硬くて食べられたものではなかったという記憶がある。もちろん、家でもそんなことはやったことがない。
そのために、メスティンというアルミ製の飯盒を買っているのだが、先日、もっと面白いものを見つけた。一人用の土鍋だ。

うちの奥さんは土鍋を使って上手に鯛めしを焚いてくれるので僕もそれに倣おうという考えだ。
さっそく、今日買いに行ったら、商品はすでに店頭から撤去されていた。3月に入って模様替えをしたようだ。諦めきれないので店員のお姉さんに聞いてみると、「もうないですよ。」とすげない返事。僕も小売業で働いていた人間なのでこういう店員の心理と行動はよくわかっている。面倒くさいだけなのだ。おそらくストックにはまだ置いているはずだと考えて、今度はちょっと聞き分けがよさそうな男性店員をつかまえて3日前に置いていた土鍋ってまだありますかと聞くと、やっぱり撤去された商品はストックに置かれていた。これで無事にゲットすることができたのだが、これが欲しいと思った時にすぐに買えない自分自身にも情けなくなる。たかが330円の土鍋なのだが、3日前には財布の中身が乏しかったのだ。
そんな話を奥さんにすると、オカネがあるなしの前に、こんなものを買うと、店員からひとり暮らしの寂しい初老の男と勘違いされるよと忠告を受けてしまった。まあ、確かに同じようなものだと僕は思っているのだが・・。
風は強いままなので、お茶を飲んで薪を焚き終わったらそのまま帰ろうと思っていたのだが、心なしか風が弱くなったような気がしてきた。

ん?これくらいなら行けるんじゃないかという気がしてきた。潮もかなり引いてきたし、ダメ元で行ってみようと焚き火セットを片付けて出港の準備に取り掛かった。
港内は静かだったので大丈夫そうだと思ったが、一文字の切れ目を超えるとやっぱり風と波が強い。しかし、ここまで来てしまったのだから引き返すわけにはいかないので比較的安全な大島の北側のポイントに向かった。
浅場に入ると少しは波も穏やかになる。碇を下してカネを突っ込むといい感じのワカメが採れる。最低限の分量を採ったところでここから見える一文字の付け根のポイントが気になる。これは思い込みだが、あっちの方がいいワカメが採れるのだ。遠くから見る限り、波はそれほど高くはなさそうなので思い切って行ってみることにした。
しかし、北西の風が吹いている中だ、磯に近づくと船の上下運動が激しくなってきた。むりやり近づいて碇を下すが立ったままでカネを操ることができないほどだ。デッキに両ひざをついてワカメを採り始める。品質はというと、やっぱり思い込みだけのようで、あっちもこっちもそんなに変わりはない。ちょっとだけ大島の方が大きいと感じるくらいだ。もっと大きくなってこないかぎり品質には差はないようだ。

恐る恐る採り続けて、これくらいあれば十分かというところで離岸。じつはこれが一番怖い。とくにここは磯の南側なので今日のような風だと磯ギリギリに碇を落としておかないと北西の風に押されて船が磯から離れすぎてしまう。離岸するために碇のロープをたぐり寄せてゆくとどんどん磯に近づいてゆくことになる。ここで寄せ波に出くわすと船が磯に激突することになってしまうのだ。今日もタイミングを間違えたか、舳先が磯の上に乗ってしまった。何度かカネの先で船を押し出したがビクともしない。幸いにして次の波で脱出することができたけれども下手をすれば船が磯に張り付いて船外機のスクリューを大破させるか舳先を軸にして転覆するかどちらかになってしまう。やっぱりこんな日にはワカメを採ってはいけないのだ。明日にズル休みを取った方がよほどよかった。これでは永遠の休日を得てしまいそうだ・・。
だからこの間の写真は1枚もない。
家に帰って干してみるとちょうど物干し竿4本分。あまり大きくないので嵩にすると少ないが危険を冒した甲斐がありいい干しワカメができそうだ。

前回のすだれ作戦のワカメはというと、やはり室内では乾燥に限界がある。出発する前に外に出しておいたが、これでやっと普通の干しワカメになったという感じである。

もらってきた金柑は砂糖煮にしてみた。

なぜ金柑が欲しかったのかというと、この前、「みをつくし料理帖」という映画を観ていたら、この料理を松本穂香が作っていた。ピカピカのオレンジ色の金柑が画面越しからでも美味しそうに見えた。もともと叔父さんの家の隣に金柑の木があるのは知っていたので、これは作ってみなければと思っていたのだ。隣の叔父さんも円卓会議のメンバーなので今日、久しぶりに会うことができ大量にもらうことができたというわけだ。ちなみに、ハバネロの苗もこのおじさんからもたらされたもので、去年の種から芽が出てきたよと教えてくれた。今年もヒーヒーできそうなのである。
金柑には種があるということを知らなかったが、これを取るのは面倒だ。しかし、その甲斐あってかなかなか美味しそうに出来上がった。もう少し煮た方がよかったか、皮がちょっと硬いけれども少しの苦さと甘酸っぱさのハーモニーはなかなか美味しい。

金柑の木にはまだまだ大量の実がなっている。いつまで残っているのかは知らないが、もう1回は作りたいと思うのだ。
天気予報を見てみると、これから1週間は雨がなさそうだ。これはワカメ採りにはうってつけの条件だ。ただ、干潮時刻はお昼過ぎ。僕の採り方では潮が高くても採れないことはないのであまり気にしないのだが、予報では風が強そうだ。これが明日だとまったく穏やかな天気になるのだが、そこはサラリーマンの悲しさ。とりあえず準備だけして港に行き、船を出すのが無理なら諦めて、明日、改めて伝家の宝刀、ズル休みという有給休暇を取ってやろうと考えた。せっかく港に行って何もせずに引き返すのはもったいないので焚き火の禁を破ろうと考えてしまったのだ。
港に行く前に叔父さんの家に寄ると、久々に円卓会議が催されていた。蔓延防止で中断していたが、少し暖かくなってきたのと、みんな孤独に耐えられなくなってきたのだろう。
そこで時間を潰しながら叔父さんの家越しに防風林の木を見ているとやっぱり風が強い。これではとてもじゃないが船は出せそうにない。
午前9時半、会議の終了後に港に行き、焚き火の準備。当然ながら船頭は事務所に待機しているし、渡船客の車も停まっている。ボートのオーナーさんもひとりいて何かの作業をしているが、僕が焚き火の準備をし始めても誰も気に留める様子もない。途中で釣り客も帰ってきたが同じだ。人は意外と他人の行動には関心がないようだ。逆に僕のほうの自意識が過剰なようである。これからは堂々と焚き火をしよう。
今日も防風林から薪を拾ってきて着火の作業。今回も火打ち石でやってみた。やっぱり一発で着火せず、2回目のトライでやっと着火したのだが、これは息を吹きかける角度が重要なようだ。真上からではなく、少し下の方から吹き付けるのがコツだと感じた。まあ、朝いちなので焚き付けが湿っているということもあるのかもしれないが・・。
しかし、火が点くまでにはかなりの息を吹きかける必要があるので一瞬ボ~っとなる瞬間がある。ここ数日は駅までの途中で目眩を起こすことがないのでちょっとは心臓の具合も回復したのかと思ったが相変わらず全身の機能は衰えたままのようである。火打ち石での着火もあと数年すると無理になるかもしれない・・。
今日からはいよいよ調理実習だ。手始めに一番簡単な湯沸かしからだ。今日のメインの作業はワカメ採りなのでさすがに食材を持ってここに来るわけにもいかないし、まだ、僕の自意識が渡船屋の営業日にそれをやることを許さないのだ。
森に落ちている薪というのはけっこう湿っているようだ。一昨日は大雨で昨日もぱっとしない天気だったからだろうか、これは桜の木のようだが、切り口からはジュクジュクと水らしきものが湧き出てくる。なので、やたらと煙が出て目に染みる。それでも火の勢いというのはすさまじくどんどん大きくなってゆく。

頃合いを見計らってヤカンを投入。5分ほどで湯が沸き始めた。

ここでひとつ気がついたことがある。使っている焚き火台だが、意外と小さい。ヤカンを置くともう余裕がない。僕の焚き火の先生はヒロシなのだが、彼が使っているピコグリルというブランドの焚き火台はもう少し大きいはずだ。ピコグリルは1万5000円以上する商品だが、僕が買ったのは2560円の安物だ。中華製のものだが本家をコピーしているのでサイズも同じだろうと思ったのだがどうも違うようだ。これではふたつの調理を一度にできなさそうだ。これは残念だが、まさかこんな遊びの1万5000円もつぎ込むことはできないので我慢するしかない。
お湯を沸かして何をするか。アウトドアではコーヒーだろうと思うのだが、今日はお茶だ。ずっと前に試供品でもらったものがテレビの前に置いたままでこれを使ってやろうと考えた。試供品なのでティーパックにでも入っているのだろうと勝手に考えていたらパッケージの中にはお茶の葉だけが入っていた。仕方がないのでマグカップにそのまま放り込んでお湯を入れてみたが分量もマグカップ1杯分どころか急須ひと瓶分ほどあったようで、出来上がったお茶はやたらと苦い。あまり知らないことはやらない方がよいという典型となってしまった。
デザートは叔父さんの家の隣の玄関先に実っていた金柑だ。久しぶりというか、数十年ぶりに食べてみたが渋すぎるお茶にはなんだか妙にマッチしている。

調理実習の最終目標はご飯を炊くことだ。炊飯器を使わずにお米を炊くのはかなり難しいと聞いている。僕もキャンプで一度ビールの空き缶を使ってお米を炊くというのをやってみたが出来上がったものは硬くて食べられたものではなかったという記憶がある。もちろん、家でもそんなことはやったことがない。
そのために、メスティンというアルミ製の飯盒を買っているのだが、先日、もっと面白いものを見つけた。一人用の土鍋だ。

うちの奥さんは土鍋を使って上手に鯛めしを焚いてくれるので僕もそれに倣おうという考えだ。
さっそく、今日買いに行ったら、商品はすでに店頭から撤去されていた。3月に入って模様替えをしたようだ。諦めきれないので店員のお姉さんに聞いてみると、「もうないですよ。」とすげない返事。僕も小売業で働いていた人間なのでこういう店員の心理と行動はよくわかっている。面倒くさいだけなのだ。おそらくストックにはまだ置いているはずだと考えて、今度はちょっと聞き分けがよさそうな男性店員をつかまえて3日前に置いていた土鍋ってまだありますかと聞くと、やっぱり撤去された商品はストックに置かれていた。これで無事にゲットすることができたのだが、これが欲しいと思った時にすぐに買えない自分自身にも情けなくなる。たかが330円の土鍋なのだが、3日前には財布の中身が乏しかったのだ。
そんな話を奥さんにすると、オカネがあるなしの前に、こんなものを買うと、店員からひとり暮らしの寂しい初老の男と勘違いされるよと忠告を受けてしまった。まあ、確かに同じようなものだと僕は思っているのだが・・。
風は強いままなので、お茶を飲んで薪を焚き終わったらそのまま帰ろうと思っていたのだが、心なしか風が弱くなったような気がしてきた。

ん?これくらいなら行けるんじゃないかという気がしてきた。潮もかなり引いてきたし、ダメ元で行ってみようと焚き火セットを片付けて出港の準備に取り掛かった。
港内は静かだったので大丈夫そうだと思ったが、一文字の切れ目を超えるとやっぱり風と波が強い。しかし、ここまで来てしまったのだから引き返すわけにはいかないので比較的安全な大島の北側のポイントに向かった。
浅場に入ると少しは波も穏やかになる。碇を下してカネを突っ込むといい感じのワカメが採れる。最低限の分量を採ったところでここから見える一文字の付け根のポイントが気になる。これは思い込みだが、あっちの方がいいワカメが採れるのだ。遠くから見る限り、波はそれほど高くはなさそうなので思い切って行ってみることにした。
しかし、北西の風が吹いている中だ、磯に近づくと船の上下運動が激しくなってきた。むりやり近づいて碇を下すが立ったままでカネを操ることができないほどだ。デッキに両ひざをついてワカメを採り始める。品質はというと、やっぱり思い込みだけのようで、あっちもこっちもそんなに変わりはない。ちょっとだけ大島の方が大きいと感じるくらいだ。もっと大きくなってこないかぎり品質には差はないようだ。

恐る恐る採り続けて、これくらいあれば十分かというところで離岸。じつはこれが一番怖い。とくにここは磯の南側なので今日のような風だと磯ギリギリに碇を落としておかないと北西の風に押されて船が磯から離れすぎてしまう。離岸するために碇のロープをたぐり寄せてゆくとどんどん磯に近づいてゆくことになる。ここで寄せ波に出くわすと船が磯に激突することになってしまうのだ。今日もタイミングを間違えたか、舳先が磯の上に乗ってしまった。何度かカネの先で船を押し出したがビクともしない。幸いにして次の波で脱出することができたけれども下手をすれば船が磯に張り付いて船外機のスクリューを大破させるか舳先を軸にして転覆するかどちらかになってしまう。やっぱりこんな日にはワカメを採ってはいけないのだ。明日にズル休みを取った方がよほどよかった。これでは永遠の休日を得てしまいそうだ・・。
だからこの間の写真は1枚もない。
家に帰って干してみるとちょうど物干し竿4本分。あまり大きくないので嵩にすると少ないが危険を冒した甲斐がありいい干しワカメができそうだ。

前回のすだれ作戦のワカメはというと、やはり室内では乾燥に限界がある。出発する前に外に出しておいたが、これでやっと普通の干しワカメになったという感じである。

もらってきた金柑は砂糖煮にしてみた。

なぜ金柑が欲しかったのかというと、この前、「みをつくし料理帖」という映画を観ていたら、この料理を松本穂香が作っていた。ピカピカのオレンジ色の金柑が画面越しからでも美味しそうに見えた。もともと叔父さんの家の隣に金柑の木があるのは知っていたので、これは作ってみなければと思っていたのだ。隣の叔父さんも円卓会議のメンバーなので今日、久しぶりに会うことができ大量にもらうことができたというわけだ。ちなみに、ハバネロの苗もこのおじさんからもたらされたもので、去年の種から芽が出てきたよと教えてくれた。今年もヒーヒーできそうなのである。
金柑には種があるということを知らなかったが、これを取るのは面倒だ。しかし、その甲斐あってかなかなか美味しそうに出来上がった。もう少し煮た方がよかったか、皮がちょっと硬いけれども少しの苦さと甘酸っぱさのハーモニーはなかなか美味しい。

金柑の木にはまだまだ大量の実がなっている。いつまで残っているのかは知らないが、もう1回は作りたいと思うのだ。