ラインでのやり取りの中で、50歳を迎える次女が「老眼になってきた」と言う。そこで私は、「いつまでも 若いと想うな 歳の暮れ」と送った。すると次女は、「いつまでも 若くありたい 私です」と返して来た。それを受けて孫娘が、「いつまでも 若くいるのは 気持ちだけ」と来た。「ママちゃんは?」と突かれて、カミさんは「ママちゃんが 考えるのは 料理だけ」と返答した。
俳句にはならなかったが、家族が歌で繋がることが面白かった。今朝の朝日新聞のbe版に「1票の価値を信じますか?」の特集が載っていた。総選挙の直前に実施されたアンケートで、「はい」が77%、「いいえ」が23%だった。けれど、「いいえ」と答えた人の8割が投票に行くという。
それでも実際の投票率は低い。地域の首長選挙となると、投票率はさらに下がる。明日は各地で首長選挙が行われる。注目は次女の住む兵庫県の知事選挙だろう。パワハラ問題で辞職した斎藤前知事が、「県民の信を問う」と立候補し、マスコミの調査では当選しそうな勢いとある。
知事選挙となると、衆議員選挙よりも多くの票を集めなくてはならない。当選すれば大きな権限が手に入る。斎藤さんは前回、長く続いた県政を変革したいと立候補して当選した。変革したいとする焦りと、知事という権限の甘い蜜で、目下の者を見下すクセが出てしまったのかも知れない。
国会議員と違って、身近な首長はすぐに結果が見える。県民や市民の思いが、実を結ぶか否かがハッキリしている。なのに、どうして投票率は低いのだろう。国には官僚が、地方行政には公務員が、前例に縛られて身を守っている。官僚や公務員の意識改革が不可欠だが、時代がそのように流れていないと彼らも動かない。
明日の投票率を気にして空を見上げたら、どんよりとした曇り空だった。そこで1句、「晩秋の 空は重い雲 晴れはいつ」。お粗末でした。