孫たちから、「パパちゃん、敬老の日おめでとう」とメールが届いた。コロナ禍で気楽に会えないが、忘れずにメールをくれる気配りが嬉しい。私は行事を大切に思い、集まって食事をしたり、みんなで出かけたりしてきた。
娘たちはもちろん、そのダンナや孫の誕生日もカレンダーに書き込んである。誕生が無ければ出会いも無いからだ。誕生日は変わらないのでいいけれど、「敬老の日」「体育の日」「成人の日」など、昔と変わってしまったのには往生する。
「ハッピーマンディーと言ってね、連休になるんだから、みんな都合がいいのよ」とカミさんが言う。働いている時なら嬉しいが、年金暮らしではたいして恩恵が無い。それでもこうして孫たちからメールが届くのは、「祝日」だからだろう。
今日はエリザベス女王の「国葬」が行われる。カミさんはテレビで放映される様子を楽しみにしている。安倍前首相の「国葬」に反対する集会やデモ行進が、台風の下でも行われている。今や安倍前首相の「国葬」に反対する人の方が多くなっている。
イギリスでも王室制度に反対する人々はいるが、反対の集会やデモは行われていないのか、行われていても報道しないのか分からないが、これは国柄の違いというより人柄の違いなのかも知れない。気がかりなのは、イギリス政府は中国の習主席に招待状を送っているのに、議会が入国を拒否していることだ。
「弔問は外交」と言われている。政府と議会は、どんな思惑があるのだろう。みんなが誕生日を祝うように、みんなが逝去を惜しみ、悲しみに服することは出来ないのだろうか。もちろん嫌だという人に、無理やり強制することは出来ない。人は誰も、他人の心まで支配することは出来ない。
今晩は「敬老の日」を祝って、シャンパンで乾杯しよう。行事はいい、口実を与えてくれる。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます