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抜き書き帳『金子光晴』その4

2016年04月11日 | 小説・映画等に出てくる「たばこ」
《詩人 金子光晴自伝》(昭和48年)

【129~130ページ】
そうなりたいと望んでいても、そうなれると決まったわけではない。才能がない場合もある。事情がゆるさない場合もある。そんなわけで、本人としては、おもわぬ仕事で一生を費やしたものだと思いながら、いまさら気がついてもどうなるものでもない年配になり、渋々ながら望まなかった生涯のゆくてに、強いてやりがいを見出していこうというのが、常套だ。人間と言うものもなかなかいじらしいものだ。

【157ページ】
十四しか年のちがわない義母は、--------弱いから、女姿で育てるとよく育つというのが口実だった。二歳から五歳まで、そんなわけで僕は、女の子のように育てられ、あそびにくる友達も女の子ばかりで、てまりや、きしゃご(巻貝のおはじき)や、おはじきであそんだ。

[Ken] ここでいう「いまさら気がついても~~、常套だ」に該当していますね(笑い)。「おもわぬ仕事で一生を費やした」というのは、今のところ途中経過ではあるにしても「おっしゃるとおりです」と納得させられました。それから、私も小学校入学1年前までは、祖母のお友達のお孫さんが一つ上のクミちゃんという女子だったので、おままごとはかりして遊んでいました。そんなこともあってか、今でも針仕事が好きで家族のズボンの裾上げなど、ミシン以外の細かい針仕事は私がやっています。縫い物針を手にすると、とても心が落ち着くのは幼児期の原体験によるものなのでしょう。
それから、昭和30年代の農村では保育園はもとより幼稚園もなく、もっぱらおじいちゃんやおばあちゃんが孫の面倒をみていたものです。わが子の場合、保育園の時期はカミさんが専業主婦として子育てしました。したがって「保育園、落ちた」という現代の叫びは、正直にいうと実感がないのですが、首都圏(保育園入園待ち)と地方(保育園充足、家族と親戚が近くに住んでいる)の子育て環境に対する苦労の差は痛感してきましたので、早急な課題解消が必要だと思っています。(つづく)
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