読書・水彩画

明け暮れる読書と水彩画の日々

アンディシュ・ルースルンド&ペリエ・ヘルストレムの『地下道の少女』

2019年08月04日 | 読書


地下道の少女

   著者: アンディシュ・ルースルンド&ペリエ・ヘルストレム(Anders Roslund & Borge Hellstrom)
   訳者: ヘレンハルメ・美穂 (Miho Hellen-Halme)
            2019.2 早川書房 刊(ハヤカワニステリー)

     

   シリーズ物 ;
潜入捜査をテーマにした第5作『3秒間の死角』で英国推理作家協会インターナ
ショナル・ダガー賞をとった。本作は第4作である。

    事件も刑事も登場するのでミステリーに分類されるだろうが、この本を読んでまず驚くのは、
 ひとつは世界的に社会福祉の先進国として定評のあるスウェーデンにおける大量のストリート
チルドレンや地下生活者の存在である。
二つ目は地下生活者を抱え込む無数の地下道・地下空間
の存在である。この二つがこの本の主題であり、冒頭に幼い子供らを捨てるというショッキング
なシーンがあって、児童を食い物にする国際的な仮装集団の跋扈が次第に浮上してくるものの、
圧倒的な迫力で読者に迫るのは、地下道を守る闇とそこに生活する地下生活者の生々しい姿であ
る。ストックホルム市やスウェーデン政府の社会福祉部局の上層部は福祉の枠組みから外れた彼
らは「存在しない」こととなっているらしい。

 早朝のストックホルムの駅頭広場に幼い子供らが古びたバスから置き去りにされるという
から始まる。


 本書には3つの流れがある。一つはクングスホルム広場にバスから捨てられた、シンナーや麻
薬に汚染され
大量の子供たちはどこから来たのか。
 二つ目は地下道で死体の一部が食い荒らされた女性の殺人事件の被害者と加害者は誰なのか。
また彼らを含む多くの地下生活者はなぜ保護されようとしないのか。
 
第三は、自分が27年前に怪我をさせ、植物状態になっている元同僚アンニの重篤な状態を抱え
つつ
二つの事件にのめり込む主人公ストックホルム警察のエーヴェルト・グレーンス警部。これ
を支え
る、スヴェン・スンドクヴィストとマリアナ・ヘルマンソンの二人の警部補。

 この3本の流れは互いに絡み合って進行していくので読者は多少混乱する。特にエーヴェルト
警部はアンニの病状が心配になって二つの事件の捜査も手につかない状態であるが、警部は「俺
絶対に犯人を捕まえてやる」と社会福祉機関にとってはアンタッチャブルであった地下空間に
敢然と立ち向かう。

 43人の子供たちはルーマニアの政府が<チャイルド・グローバル・ファンデーション>という
民間のコンサル会社に一人当たり1万ユーロ、計194万ユーロ払って払ってフランクフルト、ロ
ーマ、オスロ、コペンハーゲンなどに子供らを捨てた事業の一部であることが分かった。然しこ
れを犯罪としてどう裁くというのか。子供らはルーマニアに強制送還されることになったのだが、
事の解決には全く役立たないのではないのか。

 スウェーデンの首都ストックホルムの地下には、長大な下水道、軍用トンネル、電話、地域暖
房システム、連絡道などが錯綜し上部の都市空間と同様の地下空間がある。そこには何百人何千
人ものホームレス、ストリート・チルドレンが潜み、一般社会との接触を拒んでいる。公的機関
が目を背けても家族と社会から逃げようとする人々には教会や福祉ボランティアが手を差し伸べ、
彼らが社会とアンダーワールドとの貴重な接触窓口となっている。

終局場面ではアッと目をむく真相に驚くが、さもありなんと納得もする。
 
 まだ読んだことはないが、ジークムント・バウマン氏は現代のように上流と下流に二分化され
た『液状化社会』にあっては、そこから落ちた人たちを「人間廃棄物(wasted humans)」と称
しているという。
 本書の作者も、実はこうした豊かになった社会では、社会的に適合できなくなった人々が無用
のものとしてごみみたいに捨てて処分されていくという恐ろしさを糾弾しているように思えた。
                                
(以上この項終わり)

 

 

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