読書・水彩画

明け暮れる読書と水彩画の日々

真保裕一の『英雄』

2023年06月26日 | 読書

◇ 『英雄

        著者:真保裕一    2022.9  朝日新聞出版 刊

  

 発端は山藤ホールディングスという大企業の創業者が射殺されるという事件で
ある。
 資産家の遺産の行方を巡って、残された妻とその息子、先妻の子長男と妹のほ
か婚外子の存在が明らかになったことで株式の行方によっては会社の存亡にもか
かわるという状況が語られる。典型的な遺産相続を巡る争いがテーマかと思わせ
る。DNA鑑定を経て婚外子の死後認知が成立した。

 ところが遺産相続争いはそれほど大きな問題ではなく、むしろ山藤ホールディ
ングス創業者山藤英雄の非嫡出子として登場した植松英実が、射殺という衝撃的
な形で初めて実の父を知ったことから、父の本当の姿を知りたくて、かつての父
の会社関係者、友人などを訪ね回るうちに意外な事実が次々と浮かび上がるとこ
ろにこの小説の面白さがある。
 射殺された時山藤英雄は87歳。戦争が終わった時13歳だった。戦後混乱期の
英雄譚でもある。

 尋常小学校しか出ていない山藤は頑健な身体、機転の利く頭脳、迅速な決断力
を備え、論理性を備えた田代諭というわき役の男とタイアップして社会を乗り切
ってきた。まさしく本作のキーマンは南郷英雄と田代諭である。
 父の実像が知りたいと足跡を辿るうちに戦後のどさくさを乗り切ってきた山藤
の周りにいた田代諭、安井敏弘、野中尚宏などから経済社会激動期の英雄の足跡
が浮かび上がって来る。
 
 小説の構成は前半で山藤ホールディングスの苦境、遺産相続人相互の関係性、
途中から登場した英美と異母弟妹のことなど現況説明が主体であるが、次第に婚
外子英美が父と係わりがあった人達からの聞き取りを通じて、昭和48年、さら
に昭和38年と遡りながら、山藤がかなり阿漕なやり方でのし上がってきた時期
の様子が明らかされる。時代背景としての歴史的事実、世相が綴られる。
 山波喬は伊勢湾台風で被災し行方不明となった同年輩の男性の戸籍を横取りし
吉藤英雄に成り代わった。そして妻が病死すると裕福な資産家の女性の婿として
入籍、南郷英雄として妻の資産をてこに事業を拡大させてきたのである。

 そして最終章(昭和25年)。英美に対する田代の告白で意外な真相が明らか
になる。
 英美が苦境にある山藤ホールディングスの中でヒーロー(英雄)ならぬホワイ
トナイトとして支えていくことを取締役会で約束するのが救いである。
 気になるのは英美の母秋子が吉藤英雄とのなれ初めについて語らなかった訳が
ついに触れられじまいだったこと。英美もこの点については深く追求していない。
    
                      (以上この項終わり)

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