読書・水彩画

明け暮れる読書と水彩画の日々

『死後開封のこと』

2018年09月07日 | 読書

◇『死後開封のこと』(原題:THE HUSBAND'S SECRET)
          著者:リアーン・モリアーティ(Liane Moriarty)
          訳者:和爾 桃子      2018.5 東京創元社 刊


  

  主人公は3人いる。全て女性。オーストリアのメルボルン郊外在住の普通の家庭で
 普通に生きてきた主婦たちが、ある出来事を境に次第に変わっていく。綾織のごとく
 絡み合う事件の進展に興味が尽きない。
  豪州きっての人気作家というが、普通の人の、ありふれた日常に潜む小さな心の痛
 みや悩みを丁
寧に拾い上げ、巧みな情景描写と軽妙な語り口で家族や友人間の絆を綴
 るスタイルがいい。


 主要登場人物の三人の女性。
  セシリア・フィッツパトリックは夫のジョン・ポール、三人の娘イザベル・エスタ
 ・ポリーの母親。聖アンジェラ小学校のPTA会長をしている。
  テスは夫のウィル、従妹のフィのリシティの3人で立ち上げたTWF宣伝広告社の営
 業部長。リーアムという6歳の息子がいる。
  レイチェル・クロウリーは夫を交通事故で亡くし、一人娘のジェニーを何者かに殺
 されるというつらい過去がある。60代の老婦人。

  以上が縦糸とすれば、横糸はレイチェルが犯人に違いないと狙い定めているのが
 アンジェラ小学校の体育教師コナー・ウィットビー。コナーはテスの元カレ。もう一
 人はジェニー殺人事件の捜査に当たっていた元刑事ロドニーか。

  事件は聖アンジェラ小学校区の狭い地域に生きる同世代の家族であるが、ある日屋
 根裏を整理していたセシリアが、「死後開封のこと」と上書きしたセシリア宛の封筒
 を発見したことからことが動き始める。開封してみたいが死後でないのに開けること
 をためらうセシリア。封筒の発見を伝えた途端ジョンの動揺が。いらだつセシリアが
 封筒を開けると、中身はなんとジェニーを殺したのは私という告白。自首させるか、
 家族の安寧をとるか。懊悩するセシリアは周囲がいぶかるほどに平常心を失う。

  一方起業に成功した3人の中心テスはある日「二人は愛し合っているの」と夫のウ
 ィルと従妹フィリシティに告白されて動転する。幼いころから姉妹のように信じ切っ
 て来た従妹と夫が半年も前から不倫関係にあったとは。
  怒り狂ったテスはリーアムを連れて母の住むシドニーへ向かう。
  
  テスはそこでセシリアと知り合う。また元カレのコナーと出会い、夫ウィルへの腹
 いせに一線を越える。しかも何度も。人は一線を越えるとどこまでも堕ちていく。
  しかし快楽の間にも子供の幸せを思う気持ちが時折心をよぎる。

  セシリアは。聖アンジェラ小学校の校長秘書をしてるレイチェルと会うたびに彼
 女の娘を殺した夫の妻という立場で懊悩する。

  この先偶然にも関係者が一か所に集まるという意外な事態となり、驚愕の展開を
 見せるが、結局落ち着くべきところに落ち着いてほっとするところがいい。
  
  最後の章(エピローグ)で「人生には知らずじまいになる秘密がいくつもある」
 として、登場人物のその後の推移などを述べる。
 「やはりそうなったか」
  うまい作りである。

  



  
  

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桐野夏生の『路上のX』

2018年09月04日 | 読書

◇『路上のX』 著者:桐野 夏生  2018.2 朝日新聞社 刊

  

      読後感は思ったほどの感銘を受けなかったこと。桐野夏生らしさが期待したほ
 どうかがえなかったから。
  何を言いたかった、何を書きたかったのか。
  現代の巷を浮遊する少女らの実相を、つぶさに観察あるいは取材し練り上げたス
 トーリーで、それはそれでほとんど知らない世界を垣間見る思いで興味はもったも
 のの、たまたま、ひどい親の元に生まれたばかりに過酷な生活を強いられている彼
 女たちが、それでも必死で彼女らを食い物にしようと狙っている男どもに反撃をし
 たり、
餌食になったり、悪いなと思ったときはそれなりに反省したりという彼女ら
 の必死に生きる姿は、アンダーカルチャーの犠牲者として、ただ同情しているだけ
 ではすまないような気持ちにさせる。

  主人公は伊藤真由16歳高2。父と母が借金逃れで夜逃げ、父の弟に預けられる。
 そこは子供が2人いて決して豊かではなく、真由は居場所もなく家出する。渋谷で
 夜の仕事師に捕まるが危うく逃げ出しうろついているところ同じような境遇のリ
 オナと知り合う。リオナも非情な母親と中2の娘を陵虐する義父の家から逃げ出す
 という真由に負けず劣らず過酷な過去を持っていた。宿のない彼女らはマンガ喫
 茶、ファーストフード店、カラオケルーム、ラブホなどを渡り歩く。

  アルバイト先の中華料理店でチーフにレイプされた真由は途方に暮れてリオナが
 寄宿する男のマンションに転がり込む。レイプを許せない真由はとうとう中華料理
 店のチーフを警察に訴える。そこに叔父も真由の弟を預かった伯母も呼び出され、
 真由を取り巻く人々のいろんな事情が明るみに出る。

  両親に捨てられた思っているものの、真由はそれでもせめて連絡が欲しいと母親
 を慕っている。しかし伯母が言うには母親は経営するレストランのシェフと恋仲に
 なり家出、逆上した父親はその間男を殺傷、刑務所に入っているという。ただ今彼
 氏の子を妊娠中という母、一緒に住もうとは言わない母の話を聞いて真由は決心す
 る。一人で生きていこうと。

 「ごめんじゃねえよ。あたしはレイプされて、もう二度と元のあたしじゃなくなっ
 たんだよ。それなのに、お母さんはカレシとうまくやってるんだよね。最低だよ、
 最低の親だよ」、「200万円振り込んで。私は一人で生きていくから」。

  複雑な家庭事情が背景にあり、否応もなくネグレクト、虐待、DV,レイプ、JKビ
 ジネス、売春といった裏社会の波に飲み込まれていく子供らを大人はどうやって救
 えばいいのか。作者はそこまで提案も示唆もしていない。
  

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柚月裕子の『最後の証人』

2018年09月02日 | 読書

◇ 『最後の証人』 著者:柚月裕子 2010.5 宝島社 刊

 

 いわゆるヤメ検の一人佐方貞人弁護士に殺人事件の弁護依頼が来た。かつて在籍した
地検での事件ということもあって佐方は弁護を引き受ける。ところが事件は高層ホテル
の一室で起きた刺殺事件で、状況証拠、物的証拠とも依頼人が犯人であることを示して
おり、誰もが弁護のしようがない事件とみていたのであるが…。

 佐方は地検内の不公正な事件もみ消しに失望し、上司の止めるのを振り切って検察官
を辞め弁護士になった。今はやり手の刑事弁護士として知られている。その元上司から
「担当検事は俺の部下だ。彼女はお前と同じくらい優秀だ、覚悟しておけ」と忠告され
る。

 小説の冒頭、プロローグで殺人事件の現場状況が実写される。
 そして公判初日。

 殺人事件に先立つ数年前、ある事件が起こった。ある雨の夜青信号の横断歩道を渡っ
ていた二人の男子高校生が乗用車にはねられ一人は死亡。運転していた信号無視でしか
も飲酒運転だった。ところが嫌疑不十分として不起訴処分となった。業務上過失致死の
加害者は県公安委員会の委員長だった。被害者の両親は一向に起訴されない警察に不信
を抱き、目撃証言を求め奔走するなど起訴に向けて努力したが、半年後の治験からの通
知は不起訴処分だった。

 被害者の母親は精神的苦痛から両親は不当な扱いを憤り警察に駆け込むが適当にあし
らわれる。二人は法的な裁きがなされないのならば自分たちで復讐をしようと誓う。二
人の計画は後半の進行とともに伏線として明らかになっていくのであるが、終着点が謎
のまま残る。
 
 弁護士の坂田もこの殺人事件の遠因が信号無視飲酒運転に起因する死亡事故にあるこ
とから、真相解明のために当時の関係者からの聞き取りなどすすめ、ある確信に至る。

 一方担当検事の庄司真生には、父親が理不尽な通り魔殺人の被害者となり、犯人がア
ルコールと薬による状心神喪失状態であったちうことで不起訴処分になったという過去
があり、不条理な扱いに対する怒りから、罪を犯した人は裁かれなければと検察官を志
したという背景がある。
 とはいうものの、この背景が本筋にはあまり効いていないうらみがある。更には警察
の調べをうのみにして不可思議な動きを軽く見ているうらみがある、その点欧米の検察
官が警察を使いながら積極的に真実解明に迫る姿と比べ不満が残る。

 案の定佐方弁護士は粘り強い説得の末に、交通事故死事件での不可解な不起訴処分に
係わった担当刑事を探し出し、最終弁論に当たり真実を述べさせるという逆転ホームラ
ンを放ち、被告人無罪を勝ち取る。

 佐方の弁護側勝利であるが、殺人事件被告としては無罪とはなっても、その発端であ
る飲酒運転・信号無視による致死事件についてはこの被告は改めて罪を問われる。当然
社会的制裁も。

 事件の被害者が加害者に対する社会的制裁が不十分という不条理に不満を抱いて個人
的制裁に走るというストーリーはよくあるパターンであるが、その復讐の仕掛けが一風
変わっているし、しかもそこに行きつくまでの夫婦の切ない気持ちと互いを思いやるや
り取りが、切々と読者の心に迫るところなど作者の優れた構成力・表現力によるところ。

                            (以上この項終わり)
 

 

 

   

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