読書・水彩画

明け暮れる読書と水彩画の日々

柚月裕子の『最後の証人』

2018年09月02日 | 読書

◇ 『最後の証人』 著者:柚月裕子 2010.5 宝島社 刊

 

 いわゆるヤメ検の一人佐方貞人弁護士に殺人事件の弁護依頼が来た。かつて在籍した
地検での事件ということもあって佐方は弁護を引き受ける。ところが事件は高層ホテル
の一室で起きた刺殺事件で、状況証拠、物的証拠とも依頼人が犯人であることを示して
おり、誰もが弁護のしようがない事件とみていたのであるが…。

 佐方は地検内の不公正な事件もみ消しに失望し、上司の止めるのを振り切って検察官
を辞め弁護士になった。今はやり手の刑事弁護士として知られている。その元上司から
「担当検事は俺の部下だ。彼女はお前と同じくらい優秀だ、覚悟しておけ」と忠告され
る。

 小説の冒頭、プロローグで殺人事件の現場状況が実写される。
 そして公判初日。

 殺人事件に先立つ数年前、ある事件が起こった。ある雨の夜青信号の横断歩道を渡っ
ていた二人の男子高校生が乗用車にはねられ一人は死亡。運転していた信号無視でしか
も飲酒運転だった。ところが嫌疑不十分として不起訴処分となった。業務上過失致死の
加害者は県公安委員会の委員長だった。被害者の両親は一向に起訴されない警察に不信
を抱き、目撃証言を求め奔走するなど起訴に向けて努力したが、半年後の治験からの通
知は不起訴処分だった。

 被害者の母親は精神的苦痛から両親は不当な扱いを憤り警察に駆け込むが適当にあし
らわれる。二人は法的な裁きがなされないのならば自分たちで復讐をしようと誓う。二
人の計画は後半の進行とともに伏線として明らかになっていくのであるが、終着点が謎
のまま残る。
 
 弁護士の坂田もこの殺人事件の遠因が信号無視飲酒運転に起因する死亡事故にあるこ
とから、真相解明のために当時の関係者からの聞き取りなどすすめ、ある確信に至る。

 一方担当検事の庄司真生には、父親が理不尽な通り魔殺人の被害者となり、犯人がア
ルコールと薬による状心神喪失状態であったちうことで不起訴処分になったという過去
があり、不条理な扱いに対する怒りから、罪を犯した人は裁かれなければと検察官を志
したという背景がある。
 とはいうものの、この背景が本筋にはあまり効いていないうらみがある。更には警察
の調べをうのみにして不可思議な動きを軽く見ているうらみがある、その点欧米の検察
官が警察を使いながら積極的に真実解明に迫る姿と比べ不満が残る。

 案の定佐方弁護士は粘り強い説得の末に、交通事故死事件での不可解な不起訴処分に
係わった担当刑事を探し出し、最終弁論に当たり真実を述べさせるという逆転ホームラ
ンを放ち、被告人無罪を勝ち取る。

 佐方の弁護側勝利であるが、殺人事件被告としては無罪とはなっても、その発端であ
る飲酒運転・信号無視による致死事件についてはこの被告は改めて罪を問われる。当然
社会的制裁も。

 事件の被害者が加害者に対する社会的制裁が不十分という不条理に不満を抱いて個人
的制裁に走るというストーリーはよくあるパターンであるが、その復讐の仕掛けが一風
変わっているし、しかもそこに行きつくまでの夫婦の切ない気持ちと互いを思いやるや
り取りが、切々と読者の心に迫るところなど作者の優れた構成力・表現力によるところ。

                            (以上この項終わり)
 

 

 

   

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